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グローバル時代の経営と人材育成

文化講演会
「グローバル時代の経営と人材育成」

講師:
清水 順三 氏(豊田通商株式会社 相談役(愛知県経営者協会 会長))
日時:
2016年6月19日(日)

※所属や肩書は講演当時のものです。

1.国際化とグローバル化

 国際化(インターナショナル化)といわれた時代は、日本で作ったものを輸出し、日本に必要なものを輸入することが中心でした。しかし、グローバル時代には、日本中心ではなく、世界のマーケットの中で物事を考えなければいけません。そういう発想をするためには、従業員がグローバルな環境で能力と意欲を持つことがとても重要です。最近の若い人は海外志向が弱いといわれていますが、ぜひ世界を目指す意欲を持ってほしいと思います。

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2.豊田通商の概要とビジョン

 豊田通商は、世界90カ国150以上の都市に事業ネットワークを展開しています。総合職の3分の1近くに当たる800名が海外駐在しており、海外で活躍する環境に恵まれた会社だと思います。

 インターネットの発展に伴い、商社がサプライチェーンの提供を商売にする時代は終わり、商材の仲介や商流への介在の部分でお客さまに還元することが重要になっています。当社では、それぞれの過程に付加価値を与え、お客さまに喜んでいただける形で関与することに努めています。ですから、当社の社員はよく「作業服を着た商社マン」といわれます。

 当社は、2000年代に入って突如、新たなフェーズを迎えました。2000年ごろからトヨタ自動車が急激な海外生産を展開したため、その後を追う形でグローバル化に踏み切ったことが一番の要因です。自動車の販売・生産を支援するビジネスモデルを海外展開しており、直近では海外の利益が65%を占めています。

 もう一つの大きなフェーズは、2006年のトーメンとの合併でした。私が社長だったときに合併を決めたのですが、合併の狙いは双方の社員に非常に分かりやすく伝わったと思います。私は合併の目的を社員に理解してもらうとともに、人の融和とフェアな人事を行いました。これにより、合併1年後には「新生豊田通商のため」と考える社員の比率が高まり、理想的な合併の成功例だと評価されました。合併後、積極的に投資を行い、自動車以外の収益を必死になって増やす努力をしたことで、リーマンショック時も赤字を免れました。リーマンショックの後も委縮せずに投資を続けています。

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 2010年には、自動車関係に大きく偏っていた収益を2015年までに非自動車と50:50の割合にするという「Vision2015」を掲げ、5年後の「Global 2020 Vision」では生活環境の向上に貢献する「ライフ&コミュニティ」、地球課題の解決に貢献する「アース&リソース」、次代の自動車の進化に貢献する「モビリティ」の三つの事業分野の収益比率を1:1:1にする「TRY1」という目標を掲げました。

 さらに、直近の今年5月には、今後10年のありたい姿を示す「Global Vision」を策定し、Be the Right ONEというキャッチフレーズを打ち出しました。Be the Right ONEとは、唯一無二の存在、お客さまにとって常に最適な存在となることを目指すということです。事業ポートフォリオは、名称は「ライフ&コミュニティ」「リソース&エンバイロメント」「モビリティ」と少し変えましたが、これらの分野で戦うことは変わっていません。

 このビジョンを実現するためには、これまでの日本発の自動車ビジネスを海外で拡大するだけでは難しく、特に自動車以外の分野においては、現地の有力なパートナーを探して現地のニーズに応じた新しい事業を生み出す必要があります。そこで、北米、欧州、東アジア、豪亜、アフリカの5地域に分けてパートナー戦略を策定し、推進しています。パートナーを選定するに当たっては、価値観を共有できることを最重要視しています。

 海外での発展で一番大きなステップとなったのが、2012年に約2345億円を出資してCFAO社を買収したことです。CFAOはアフリカで130年の歴史を持つ会社で、自動車ビジネスが約半分を占めますが、それ以外にも大きな伸びが期待できる医薬品卸売事業、ビールやソフトドリンクのボトリング事業も展開しています。フランスの上場会社であり、上場を維持して透明性を確保しつつ、共にアフリカの成長戦略を推進しています。

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 加えて、アフリカでの事業をさらに強化するために、日本政府のアフリカ支援政策とも協働した取り組みに力を入れています。東アフリカでは2001年にロンロー社の自動車部門を買収し、ネットワークを強化しました。また、EAC(東アフリカ共同体)の重点国であるケニアの発展計画「ビジョン2030」の達成を支援するため、ケニア政府と包括的な覚書を締結して、ケニア政府と二人三脚で事業を推進しています。一番大きな事業は、200メガの地熱発電所です。日本では多くの熱源がナショナルパーク(自然公園)内にあり、開発許可がなかなか下りませんが、ケニアではきちんと造らせてもらえます。 こうした経営環境の変化により、自動車以外の分野での事業拡大とそれを実現するための海外発の事業創造、海外パートナーとの連携が必要となったことが、当社におけるグローバル人材の育成につながっていきました。

3.グローバル人材の育成

 われわれが定義するグローバル人材とは、国籍・人種・年齢・性別の違いや多様な価値観を尊重し、グローバルに新たな価値を生み出すことができる人材です。

 そして、グローバル人材が持つべきスキルとマインドセットを、三つの軸でさらに細かく定義しています。まず、Globalな軸です。語学力は当然必要ですが、加えて異文化に対応する能力、コミュニケーション能力も必要です。また、Business Professional Skillの軸では、戦略やマーケティング、財務会計といった経営知識が不可欠です。 そして、Way/Leadershipの軸では、グループの全社員が持つべき価値観や行動原則である「豊通ウェイ」とリーダーシップ、そして深い教養が必要だと考えています。

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 当社は1990年代~2000年代初頭にかけて、総合商社への進化を目指し、戦略・マーケティング系のBusiness Professional Skillの研修を行ってきました。また、若手を中心に新規事業開発研修「V21」や次世代リーダー研修「VLDP」を実施し、中には「近大マグロ」の養殖事業のように、若手の提案を具現化したものもあります。

 トーメンとの合併以降の2006年からは、一つの会社としての価値観を合わせるため、まず「豊通ウェイ(Toyotsu Way)」を策定し、問題解決手法としてのPDCA(Plan、Do、Check、Action)や、人材育成手法としてのOJT(On-the-Job Training)、戦略策定と実行のための方針管理(Hoshin Kanri)の研修を「ウェイに基づく仕事の仕方」としてグローバルに展開してきました。

 豊通ウェイは、「商魂」「現地現物現実」「チームパワー」の三つからなります。ウェイとPDCAは全社共通で、OJTと方針管理はマネジメント層を対象に展開しました。Skill Trainingは各地域・国によってレベルにばらつきがあるので、現地のニーズに沿って展開しています。

 PDCAは8ステップからなります。ステップ1ではあるべき姿と現状のギャップを問題点として明確化します。ステップ2では問題をブレイクダウンして優先順位をつけます。ステップ3ではその問題に対する達成目標を決め、ステップ4では問題の真因を繰り返し追究します。ステップ5では真因をつぶすための対策を立てます。ここまでがPlanです。ステップ6ではその対策をやり抜き(Do)、ステップ7では結果とプロセスを評価し(Check)、最後のステップ8で成果を標準化して横展開することで定着させます(Action)。

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 OJTにも四つのステップがあります。ステップ1で部下に適した仕事を考え、ステップ2でその仕事を与えます。ステップ3で日々フォローしてやり切らせ、ステップ4で達成感を与えます。

 最後に方針管理です。これは組織のPDCAともいえるもので、まず会社の方針を部門の方針に落とし、部門の方針をそれぞれの職場の方針に落とし、それぞれの職場の方針を基に個人の方針を考えて、その過程で8ステップのPDCAを回していくことで着実に達成を目指します。そして、方針を点検し、翌期の方針に反映していきます。マネージャーには、最も重要な仕事がこの方針管理と人材育成だと説明しています。

 こういう研修を、2008年以前は海外のマネージャークラスを日本に呼んで直接行っていましたが、海外の従業員数が4万人を超えて拡大のスピードに追いつけなくなったため、トレーナーを育成して現地で教える形に切り替えました。さらには、各地域の優秀なトレーナーからマスタートレーナーを任命し、現地でトレーナーの育成までできる仕組みにしました。現在、全世界で5名のマスタートレーナーと81名のトレーナーが、各地で自律的に研修を展開しています。

4.海外リーダーの育成

 2008年以降は、海外のリーダー育成に力を入れています。豊通ウェイを深く理解し、自動車以外の分野で事業を推進できる人材、現地の経営を担えるリーダー人材になってもらうために、LDP(Leadership Development Program)を始めました。日本本社で課長職に相当する海外拠点社員を対象にした半年間にわたる選抜研修で、現地の経営者の視点で課題を解決したり、本社の役職員とのネットワークを作ったりすることができ、将来、現地の経営を担うために必要な能力・経験が得られます。

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 2013年以降は、2012年のCFAO買収に伴い、グローバル一流企業の人材と渡り合える「グローバル選抜人材」の育成が必要になり、GALP(Global Advanced Leadership Program)を立ち上げました。これはグローバルレベルでの経営者育成を目指したプログラムで、本社社員と現地事業体幹部候補者を各10名、計20名程度を選抜・混合し、全て英語で行います。早稲田ビジネススクール、シンガポール大学、フランスのHEC(アシュウセ)経営大学院での研修を経て、グローバルレベルで経営課題を検討し、最後に社長に提言してもらいます。世界各地の経営者候補が共に議論することで、異文化の中でのリーダーシップを養うことにもこだわっています。

 ハイレベルな経営者としての知識習得の合間には、書道や日本舞踊などの日本文化をはじめ、多様な文化の交わるシンガポールで中華・マレー・インド文化を体感するなど、一般教養(リベラルアーツ)を学ぶ機会を取り入れています。リベラルアーツ教育を通じて力強い判断軸を持つことができますし、哲学、歴史、宗教などからは本質的な学びも多いので、人間性が高まると考えています。

 当社は2014年、国籍、人種、年齢、性別にかかわらず、全世界の人材を最大活用するとして「Diversity & Inclusion宣言」をしました。さまざまな違い(Diversity)を尊重して受け入れ(Inclusion)、違いを積極的に生かすことで、変化し続けるビジネス環境や多様化する顧客ニーズに最も効果的に対応し、グループ全体の優位性を創り上げることを目指します。日本における女性や高齢者の活用、人種の枠を越えた人材登用も一つのテーマになっています。

5.今後の課題

 課題は、ハード系の施策だけでなく、ソフト系施策を強化することです。グローバルマインドセットや英語のコミュニケーションスキルは、研修などの制度や仕組みだけで身に付けさせるのが難しいからです。

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 本社自身のグローバル化も課題です。本社の外国人比率の向上、外国籍社員の重要ポストへの登用、本社の経営会議の英語化などを推進します。

 私は社長時代、明るく、楽しく、元気な会社をテーマとしていました。経験の長さや地位の高さを忘れて自由に議論すること、上司は若手の言うことを聞き、若手は自分の意見を常に持つことと言っていました。その意味ではDiversity & Inclusionの先駆けだったと自負しています。

 IT技術の進歩とグローバル化は、軌を一にしています。まさにIT技術の進行が一つの時代を作り、Internet of Things(IoT)によって次の新しい時代が来るのではないかと感じています。

 愛知県経営者協会は、会員企業の約7割が中小企業です。私は、その会長として中小企業に向けて海外進出のノウハウを提供するなど、いろいろな支援をしたいと考えていますし、当社としても海外進出のお手伝いをしています。

 グローバル時代において、一番大切なのは無関税で動ける範囲を広げることです。だからこそ、TPPもEUも推進してきたわけです。ですから、イギリスがEUから離脱するということは、無関税の経済圏を狭めることになります。現在、イギリスに進出している日本企業はイギリスだけをターゲットにしているわけではないので、EU離脱によって今まで以上に関税が掛かることになれば、大変なことになります。個人的には、なぜ離脱が議論されるのか分かりませんし、離脱することになれば、イギリス経済は大混乱に陥ると思います。

豊田通商株式会社 相談役 (愛知県経営者協会 会長)

清水 順三

1970年 京都大学法学部卒業。同年トヨタ自動車販売株式会社(現 トヨタ自動車株式会社)入社。
1997年 同社VVC初代プレジデントを経て、2001年 豊田通商株式会社理事、同年同社取締役就任、2002年 同社常務取締役就任、 2004年 同社専務取締役就任、2005年 同社取締役社長就任、2011年 同社取締役副会長就任、2012年 同社取締役会長就任。
2015年より現職。

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