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ベトナム人のためになる日本語教育

国際福祉開発学部創立10周年記念事業
「ベトナムと日本の今と未来」
第1部 基調講演「ベトナム人のためになる日本語教育」

講師:
ギエム・ホン・ヴァン氏(ハノイ大学日本語学部 学部長)
日時:
2018年11月29日(木)

※所属や肩書は講演当時のものです。

1.ハノイ大学日本語学部の概要

 本学は1959年に設立され、日本語教育は1973年に始まりました。1993年にようやく日本語学部が設立され、翌年には社会人コースも開設しました。2007年にはIT日本語コースも開設しましたが、専門教員を自主的に確保できなかったため4年間で終わってしまいました。特に最近はIT人材がものすごく不足しているので、教員を確保できれば再開しようと考えています。2010年には修士課程を開設しました。メインは日本語、日本研究、日本語教育の3分野です。残念ながらビジネスやIT関係の修士号はまだありません。あと10年でこれらの博士課程も開設しようと考えています。

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ギエム・ホン・ヴァン氏

 日本語学部は、日本語基礎学科、通訳・翻訳学科、日本語学学科、日本文学文化学科、専門教育学科の5学科からなります。入学後最初の2年間は、ほとんどの学生が日本語基礎学科で学び、日本語をたくさん覚えさせて、後半の2年で日本語能力試験のN2に近い能力を身に付けさせたいと考えています。

 教職員は約40人いますが、日本人のボランティアの先生や非常勤講師を除いて全員が女性です。しかも平均年齢は20代後半から30代前半です。みんな経験がまだ浅いのですが、できるだけ優秀な学生たちを社会に送り出そうとしています。1人でも男性の先生がいればと願っているのですが、単位制度などがいろいろ影響して、なかなか残ってもらえません。

 学生数はこの3年でやや減っていますが、決して日本語を学びたい人が減っているのではなく、教員が足りないので学生を絞らざるを得ないのです。学生を絞ると、かえって優秀な学生を選べるため、本学の学生は優秀な学生ばかりです。また、文部科学省の奨学金を得て日本に留学するチャンスにも恵まれています。毎年180~200人の学生を受け入れていますが、4分の1は4年間に1回は日本に行っています。

 長期間で日本に留学するチャンスとしては、日研生と交換留学生の二つがあります。日研生というのは日本の文部科学省の奨学金を得て1年間留学するもので、学費も免除され、ひと月1万7000円程度の支援を受けられます。もう一つの交換留学生プログラムに関しては、本学はいろいろな日本の大学と協定を結んでいます。日研生として留学する学生が減っているのは、学生の成績が悪いからではなく、文科省の奨学金が増えないのに対しベトナムの大学や高校がどんどん増えているからで、各校が推薦できる学生が限られてしまうのです。ですから、積極的に各協定校と協力して交換留学生プログラムで留学する学生を増やしたいと思っています。

 勉強の他にも、日本文化週間や日本人の若者たちとの交流会など、さまざまなイベントや活動に参加しています。

2.「2016年・2017年の卒業生に対する調査」の結果

 本学が実施した2016年・2017年の卒業生に対する調査結果について紹介します。2016年の卒業生133人のうち56人、2017年の卒業生145人のうち67人がアンケートに答えてくれました。

 就職率は2016年が94%、2017年が95%で、他の学部と比べるとやや高いです。卒業後、就職までにかかる期間は、3か月以下が8割以上でした。つまり、卒業後に仕事を見つけるのはそれほど難しくなく、時間もかかりません。日本語ができればすぐに就職できることも、若者たちが日本語を学ぶ大きな理由の一つではないかと思います。

 就職先としては国営企業で働く人があまりいなくて、大学を出てしばらく外資系企業・民間企業・日系企業で働き、お金を稼いだ後、安定した仕事を求める人が国営企業に移る傾向があります。ベトナム人は、大学を出てからずっと同じ会社で働く人はほとんどいなくて、転職が1回か2回はあります。

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 それから、日本語と関係のある仕事をしている人は7割以上います。大学で身に付けた知識が役に立っているかという質問に対しては、「役に立たない」という人が少なくないので、教育カリキュラムや内容を見直す必要があると考えています。現在の仕事における日本語の使用頻度を尋ねると、7割以上が日常的に日本語を使っていて、9割以上が時々使っています。このことから、職場で話す力と聞く力が必要であることが分かります。

 卒業生のほとんどが最も得意なのは「読む」ことで、問題を感じているのは「聞く」「話す」「書く」能力の順となっています。つまり、コミュニケーション能力を高めなければなりません。ベトナムでは、日本語の文法や語彙を1年間覚えさせてから、さまざまな知識を教育し、読み書きできるように指導します。また、日本人の教員もそれほど多くなく、聞いたり話したりする機会が少ないため、このような結果になったのではないかと思います。

 他にも「実践的な科目を増やしてほしい」「ソフトスキルを身に付けさせてほしい」「インターンシップの機会を設けてほしい」「就職活動を支援してほしい」といったコメントも寄せられました。

3.日本語教育の問題点

 この調査結果から、ハノイ大学日本語学部が直面している問題が二つ浮かび上がりました。一つは、日本語学部には2017年9月末まで専攻が一つしかなく、日本語学や日本の研究者、日本語教師、通訳・翻訳者を育てることが主な目標とされ、アカデミックな内容が重視されたため、卒業後の就職に関連する実践的な科目はあるものの、重きが置かれていないことです。

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 実践的な科目とは、面接時や社内での日常会話に必要とされる「聞く力」「話す力」を高める授業のほか、社外のクライアント、協力会社、顧客との打ち合わせや営業でのコミュニケーション能力としてビジネスで使われる尊敬語・謙譲語・丁寧語を教える授業、ビジネス用語や日本企業文化、ビジネスマナーなどを教える授業などです。こうした授業はあるものの、時間が少ないのです。

 各学年の授業内容を見ると、1~2年生で受ける基礎的科目のうち、聴解と会話の授業数が少ないため、話す力と聞く力が弱くなっています。3~4年生になると実践的な科目として、ビジネスライティングやビジネス会話を学びますが、授業時間が少ないです。アカデミックな内容ばかりしているので、今後改善しなければならないと考えています。ですから、昨年入ってきた学生は、2019~2020年に専門科目を多く受けなくてもよくなり、実践的な科目の授業をより受けることになります。

 もう一つの課題は、日本語教師の不足です。日本語教育を行っているベトナムの大学の学生数と教員数を見ると、本学の場合は教員1人当たりの学生数が25人なのでまだましですが、例えばホーチミン市外国語・情報大学は1人の教員が82人もの学生を担当しなければなりません。これはベトナムにおける日本語教育の大きな課題です。

4.課題解決策

 これら二つの課題の解決策として、まずは実践的な授業を増やそうと考えています。1~2年生の場合はできるだけ文法と漢字の授業を減らし、「聞く」「話す」授業を増やします。また、日本人のボランティア教員が学部内に3~4人いるので、その先生たちに「話す」「聞く」授業を担当してもらいます。それから、日本人の若者との交流会を常に行っていて、協定校から本学のベトナム語学科に留学している日本人学生との交流会を月に1~2回開いています。また、日本語クラブの活動も充実させています。

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 3~4年生の場合、アカデミックな内容を取り入れた科目を減らし、実践的な科目(ビジネス会話、オフィス日本語、ビジネスライティング)の授業を増やします。日本人の働き方への理解、日系企業が重視している社員の資質を実感させるために、企業研修などの実施にも取り組んでいます。4年生には卒業前に少なくとも1回、日本企業を見学させ、必ず感想文を書いてもらいます。また、日本企業文化を理解するために、ベトナムの日系企業の代表者に本学へ来てもらい、講義してもらっています。インターンシップも必修科目とし、卒業までにハノイ周辺における日系企業のインターンシップを2か月程度させています。

 教師不足の解決策としては、日本語母語話者のボランティア教員の数を増やします。本学はこれまで、日本のJICAと国際交流基金からボランティア教員を派遣していただいたのですが、残念ながら4年前から、他に新たにできた学校に派遣するため、自分たちで確保することになりました。それで、いろいろな日本の組織と協力して、今はアジアや日本の研究組織から毎年派遣してもらっています。その他、日本からベトナムに来ている各企業の社長の奥さんも活用し、時間が空いたときに作文のチェックなどをお願いしています。

 それから、非常勤講師の数を増やします。常勤講師になるのはなかなか難しく、いろいろな条件があるのですが、例えば少なくとも修士号がないと常勤講師にはなれないので、非常勤講師の形で先生を募集しています。

 それから、他の大学と協力して交換教師制を実施します。ハノイ大学は元々、語学を強みとしてきました。一方、他の大学、例えば国家大学はどちらかというと師範大学に近いですから日本語教育については優れていますし、貿易大学はビジネス日本語が強いです。ですから、教師が足りない中で各大学の強みを発揮できるように教師を交換し、本学は他の大学の1~2年生に対し文法や会話の授業を教え、逆に他の大学の教員が本学の学生たちに対し専門的な授業を担当しています。

 また、日本の協定校からの先生にもお願いして、例えば1~2週間程度の集中講義を担当してもらっています。

 この二つの課題に対しては、現在幾つかの方法を考えて、少しでも解決できるように努力していきたいと思いますし、これからやるべきこともたくさんあります。他の大学でも、ハノイ大学と同じようにこういう課題にぶつかったときに本学のような対策を取れば、ベトナム人のためになる日本語教育になると思います。

ハノイ大学日本語学部 学部長

ギエム・ホン・ヴァン

※この講演録は、学校法人日本福祉大学学園広報室が講演内容をもとに、要約、加筆・訂正のうえ、掲載しています。 このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。

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