身近な話題が「ふくし」につながるWebマガジン

社会福祉の歴史・理論研究の発展を

研究紹介
「社会福祉の歴史・理論研究の発展を」

永岡 正己 社会福祉学部教授

※所属や肩書は発行当時のものです。

1.社会福祉の変化の中で

 1978年に日本福祉大学に赴任してから、気がつくと37年が経ちました。その間、98年から7年間、家庭の事情で大阪に戻り梅花女子大学に勤めましたが、それでも日本福祉大学に30年以上勤めたことになります。その時間の中で、社会福祉がいかに大きく変化してきたか、対象とする問題の拡大、制度・サービスの仕組み、思想の変化には驚くばかりです。変化の背後には、世界の状況、政治、経済、社会システムの転換があり、日本では、高齢化、家族や地域の問題解決機能の低下と、財政抑制政策、国際的なノーマライゼーションの流れが並行して現れました。その動きは1973年の石油ショック以後の福祉元年から福祉見直しへの転換に始まりますが、私が赴任した頃から福祉改革の波が本格的に現れることになりました。臨調行革路線の登場、在宅サービス戦略、国際障害者年、生活保護適正化(123号通知)、健康保険負担、社会福祉国庫負担率の引き下げなどの動きが立て続けに起こりました。

 当時、社会福祉発達史は外国と日本と各4単位必修で、高島進先生と一緒に担当させていただきましたが、講義でもゼミでも、そうした福祉状況をどう捉えるかが課題でありました。どのように動向を批判し、主体的に認識し、社会福祉の発展をめざすのか、福祉国家体制、公的責任の後退局面と当事者主権、市民社会、自治、福祉の普遍化、専門性の局面をどう統合的に理解するか。そうした福祉政策と実践の総体を把握することが大きな課題でした。ある側面からだけ論理化しても全体像は正確に見えない。現在の状況の分析によって問題点を整理し取り組みの課題を説明することはできても、それら自体がどのような経過の中で起っているのか、どういう局面にあり、次の時代にどうつながってゆくのか、そしてそれがどのような本質をもっているのかは明らかにならない。

 社会福祉という存在の全体を把握し、私たちの人間主体の役割も位置づけるためには、社会、生活、政策、実践、思想、関連領域との関係を体系的・構造的に捉える理論的整理が重要であるとともに、時間軸によってその変化の実態と意味を明らかにする歴史的な整理が重要になります。そして、人が人をケアし、互いに生活を支え合うことの根源的な意味と、歴史的に形成されてきた社会福祉の仕組みのもつ意味を史実の中から問う作業は、今日のさまざまな問題に取り組む基盤となり、発展への確かな視座を与えてくれます。

2.歴史研究の取り組み

 このような変化の中で、社会福祉とは何かを歴史的に明らかにする作業として、政策、実践、思想まで、一人で取り組むには広すぎることを自覚しながら、しかしそうせざるを得ない問いに促されて、かなり総合的に歴史と理論の研究に取り組んできました。

 歴史研究としては、第1に、継続して続けてきたものに大阪社会福祉史研究があります。戦前最大の産業都市であった大阪は社会事業ももっとも早く進んだので、今日に多くの示唆を与えてくれます。戦前の社会事業調査(「大阪市『社会部報告』とその周辺」1975年以後)、民間事業、方面委員活動、北市民館や岡山孤児院大阪事業などのセツルメント等の展開過程を、政策・制度、実践、人物、思想の交差するところで研究してきました。

 第2に、近代における植民地と移民地におけるコミュニティと社会事業形成の問題がありました。これは、社会福祉における統治と生活支援、抑圧と人権の関係をめぐる本質や歴史的課題を明らかにする上でもっとも重要であり、また排除、周辺化の問題や国際交流の草の根からの再認識の点でも重要なものです。『植民地社会事業関係資料集』の刊行、アジア侵略と社会事業と軍事の関係、北米日系移民と福祉活動の研究は、社会福祉の国際的な広がりや多文化社会形成の内的な論理にもつながり、政治的力学の中で国家政策の動きを相対化して把握することのできる視座を明確にしたいと思い、今も進めています。

 第3に、歴史研究の前進のためには個別事例研究が重要ですが、今日の福祉実践をどう進めるか、解決すべき課題がどこにあるかを把握して仕事の基盤を確かなものにするためには、通史として社会福祉の展開過程を総合的に明らかにすることが大切になります。そのため、私の場合、政策と実践の接点で思想史的な視点も含めて歴史を追求してきました。社会事業が戦争に従属した時代の過ち、社会福祉・地域福祉運動史、福祉改革の歴史、措置制度と社会福祉法人の歴史的意味など、断片的ではありますが機会があるごとに発言してきました。

3.理論研究の取り組み

 もう一つの重要な研究として、歴史・思想史の方法も用いて理論研究に取り組んできました。私の研究の出発点の一つは戦前社会事業理論史の研究でした(真田是編『戦後日本社会福祉論争』法律文化社、1979年)。それは一方で生活と社会福祉の実態がどのように把握され理論化されてきたか、他方で海外の動向、諸科学の知見によって、実態をどう整理し、実践の発展を支えてきたのか、という両面で、社会福祉の各時代の論点や到達点を明らかにすることによって、社会福祉の本質と枠組みを把握することができます。今日の場合では、福祉、社会福祉、関連概念の関係と固有性、社会福祉政策・実践とソーシャルワークの関係、多様性や文化的基盤、価値と倫理、権利と義務の問題等が、理論として整理する必要があり、そうした関心から、社会福祉の理論状況を、いくつかの角度から検討してきました。

 領域としては、第1に、理論展開の具体的な検証として、川上貫一、大林宗嗣、志賀志那人、山口正などの近代の理論形成、第2に岡村重夫、真田是、一番ヶ瀬康子、吉田久一ら今日に至る社会福祉理論、第3に戦後社会福祉思想史(『戦後社会福祉の総括と21世紀への展望Ⅱ』ドメス出版など)やキリスト教社会福祉思想などがありますが、個別と通史の両面から研究を進めてきました。社会福祉を実践的に理解するには、それが政策面からの検討であっても、個々の理論の形成過程とその相関関係を捉えることが、具体的な理解の上で有効であると思います。また、具体的な人物の生きて来た道を、残された史料や関係者のインタビューによって実像に近づいてゆく作業は、その人物の思想形成や内面の葛藤を追体験することを通して、今の状況を問うことができますし、自らの生きがいにもつながるものであろうと思います。

4.社会福祉とは何かの問い―研究と実践の場から

 ふり返ると、実証的にも理論分析の上でも時間を要する作業が続いてきました。未だ研究途上にありますが、何とか残された時間で個別研究の体系的整理や問題史的な通史としてまとめたいと思っています。実践の場との関係については、愛知よりも関西に中心を置いたことを今も残念に思います。愛知県の研究を現場とつながって進めたいと思い、ホームレス問題や地域福祉の取り組みにも参加し始めたのですが、その後生活の事情から断念することになりました。大阪では、地域福祉施設、社会福祉協議会の活動に参加して一緒に議論を進めてきました。これは研究というよりも生活者としての立場ですが、研究の支えともなっています。また、大阪市におけるハンセン病問題真相究明委員会の作業では、検証に関する反省とともに、戦後の療養所における生活変化、当事者の苦難と誇り、地域社会の差別と排除の実態、そして解放への連帯と努力の重さを痛感しました。民生委員制度や地域福祉団体の記念誌、福祉教育の教材等の作成作業を通して、社会福祉における公私関係や地域福祉の結節点となる問題も考えてきました。

 この間、社会福祉の歴史の学会である社会事業史学会の運営にずっと参加してきましたが、歴史研究を共に行う仲間の人たちのつながり、理論・思想に関する研究会や共同研究の取り組みに支えられています。そして若い人たちの研究活動、隣接領域との協働による研究の必要、実践の場での歴史と理論の取り組みが広がることを願ってきました。実践と研究とが一つになって、歴史的な到達点や課題を共有し、今日の状況を打開し、福祉、人権、平和を一つのものとして未来を展望してゆくことが、何よりも大切なことと思っています。

 社会福祉は歴史的に形成されてきた存在です。政治、経済、社会、文化が総合的に関係しています。支配・統治の側面と、より良い生活を求める変革への側面があり、政策と実践の全体構造の問題と、仕事、活動を通してなされる働きの問題があります。社会福祉は、制度・サービスであると同時に、いのちに寄り添い、生きる権利を求め、暮らしを豊かに育ててゆく人間の働きであり思想であると思います。

 今、憲法がないがしろにされ、平和の大切さが忘れられる状況があり、自己責任が強調され人権が曖昧になっています。社会福祉とは何かが改めて問われる状況があります。今年度での退職にあたり、日本福祉大学が福祉の総合的な大学として、社会福祉研究・教育、および福祉の総合性の理解の座標軸として、歴史と理論を大切にして、さらに発展してゆくことを願っています。私も残された時間の中で、これまでの研究をまとめたいと思っています。

永岡 正己 社会福祉学部教授

(2015年8月15日発行 日本福祉大学同窓会会報115号より転載)

pagetop