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緩和ケアとは

日本福祉大学セミナー
「緩和ケアとは」

講師:
白尾 久美子 看護学部教授
日時:
2015年7月26日(日)

※所属や肩書は講演当時のものです。

がんとは?

 緩和ケアの中心はがんの話です。がんは、日本人の死因の第1位です。現在、死亡数の一番多いがんは、男性は肺がん、女性は大腸がんです。

 がんには四つのステージがあり、ステージ4が最高で、進行がんの段階です。治療プロセスには、まず手術をする方法、そして薬を使う化学療法、がんを照射する放射線療法という大きく三つの方法があります。今はその一つだけでなく、複数の方法を組み合わせて治療しています。他には量子線による治療や免疫療法などもあります。

 私は長年、急性期で手術を受ける患者さんの看護に携わってきました。がんで手術を受けられる患者さんには、症状がほぼありません。検診などで「がんだから手術が必要です」と言われ、覚悟を決めて臨まれるのです。手術後は当然のごとく、切ったことによる痛みが出ます。

 化学療法は、強い薬を使ってがんをたたく治療です。化学療法は、全身に薬が浸透してしまうことから、当然元気な所も弱ってきます。気持ちが悪くなりますし、お口の中が荒れます。髪の毛が抜けることも多いですし、下痢にもなります。もう一つは末梢神経障害です。冷たいものをより冷たく感じて痛みを感じたりして、感覚が弱くなって、物を落としやすくなったり、しびれる感覚もあります。

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 放射線療法は、病巣に向けて放射線を当てます。私の父親は悪性リンパ腫でしたが、鼻の奥にできたので放射線治療をしました。穴が空いているヘルメットみたいなものを個人用に作って正確に病巣を狙ったのですが、放射線は通り抜けますから、頭の後ろに500円玉ぐらいの皮膚炎ができました。

 がんの症状で、治らなくなってくると一番よく出てくるのが全身倦怠感です。当然活力も低下します。それからご飯が食べられなくなったり、場合によっては呼吸ができなくなります。

 私が看護師で働いていた頃は、患者さんに直接、あなたはがんですと告知をすることはありませんでした。アメリカで1980年くらいに本人への告知が始まり、日本は1997年の第3次医療法の改正で、患者さんに説明をして、きちんと同意を得てから治療することになりました。今は普通に外来で、多分本人だけに検査結果という形で伝えられていると思います。

 がんと告知されれば誰でも怖いですし、患者さんは気分的にも落ち込んでしまいます。不安やいらだち、孤独感、うつ状態、怒りなど、いろいろな思いを持ちます。それと、休職、部署の変更、辞職など仕事上の問題があります。家庭の問題としては、家庭内の役割を十分果たせなくなったり、家族の気持ちも複雑な状況になってきます。また、死亡した場合は遺産相続などの社会的な問題も起きてきます。

 特に経済的な問題は大きく、医療関係者だけではなく、生活面で福祉からの援助もすごく大切です。私自身も本学に来て、福祉の知識を身に付けて、きちんと連携していくことが大事だと考えています。

 さらに、スピリチュアルペインといって、私は何でがんになったのか、生きている意味は何かという、精神的でも身体的でもない苦痛があります。このような身体、精神、社会、スピリチュアルペインを合わせて「全人的苦痛」と言いますが、がんになるとこれだけの痛みが伴うのです。

緩和ケアとは

 「緩和ケアとは、生命を脅かす病気がもたらす困難に直面した患者とその家族に対して、その生活の質を向上させるためのアプローチの一つである。苦痛を予防し、和らげることにより実現を図る。そのとき痛みやその他の苦痛は早期に発見され、正確に評価される」。これは2002年にWHO(世界保健機構)が発表した緩和ケアの定義です。

 少し前までは、身体的に健康状態が悪くなり、死を迎える時期に提供されるケアをターミナルケアといって、緩和ケア=ターミナルケアでした。現在は、WHOの定義のように、生命を脅かす病気になった段階から緩和ケアが始まるとしています。また、死亡された場合、その後の死別ケアも含めた形で緩和ケアが考えられています。

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 緩和ケアの特徴は、第1に、苦痛やつらい症状を和らげるということです。痛み止めは痛くなってから使うのではなく、痛いことを感じないように使います。例えば手術前から背中にチューブをつないで、持続的に痛み止めを使います。化学療法でも、なるべく口内炎ができないように、髪の毛が抜けないように、気持ちが悪くならないようにします。「生きることを尊重し、死ぬことを自然のプロセスと位置付け」、それを尊重して関わるのです。

 今は、医者、看護師、栄養士さん、リハビリの人たちが緩和ケアチームを組んで、がんで苦しんでいる患者さんに対してなるべく早めにアプローチしています。

痛みのケア

 緩和ケアの中で一番多く取り組まれているのは、痛みのケアです。痛みとは、体験している人の痛みの強さ、低さなのです。その人の精神状態が今良くないから痛いのかもしれないし、すごい痛みを感じていてもその人自身があまり痛くないと言っているのは、頑張る気持ちが強いときだからかもしれません。すなわち、痛みは何かのシグナルではあっても、100%症状があるから痛みが起こるわけではないのです。

 基本的に手術を受けると、大体3日目ぐらいをピークに痛みがだんだん治まってきます。ポイントは、3日目以降です。ピークが過ぎた後に患者さんが痛いと言ったときは要注意です。これは何かのサインなので、どこが痛いのか、どのように痛いかを聞いていく必要があります。そして、本人が表現しているとおりに受け止めていく必要があります。

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 がんに伴う痛みを分類しますと、がん自体が原因となった痛みが当然あります。よくあるのが骨転移で、一番厳しい痛みが神経への浸潤です。この痛みを取るのが一番難しいのです。他には、がんそのものが大きくなって他の臓器などを圧迫して痛い場合があります。

 がんに関連する痛みは、治療によって副作用や諸症状が起こることに伴うものです。例えば体力が弱った人は、おなかの中に便がたまって耐えがたい痛みを感じます。また、寝たきりになったり、少し体力が弱ってくると褥瘡(床ずれ)ができて、それが痛いことがあります。さらに、口の中が荒れて起こる痛みはかなりひどいものです。

 治療に起因する痛みは、手術後の痛みと化学療法による末梢神経障害の痛みが代表的なものです。末梢神経障害は薬ではなかなか防げませんが、薬の組み合わせを変えてなるべく症状が出ないようにすることはあります。さらに、放射線療法の副作用で皮膚炎になる場合は、なるべく早めに皮膚保護剤を塗ることもあります。

 痛みがあると一番影響するのは睡眠です。昼夜逆転で、昼間は寝られなくとも気が紛れますが、夜になるとよくないことをいろいろ考えてしまいます。結局、寝られないので余計に痛いという悪循環が起こって、疲れも出て、精神的にも落ち込んでしまいます。また、痛ければ当然食欲もなくなり、食欲がなくなれば普通の日常生活もできなくなります。人と話をすることもできなくなりますし、ひどくなると何のために私は生きているのかと思ったり、「もう嫌だ」と家族に八つ当たりしてしまいます。

 WHOから、世界的なレベルでがんの痛みの治療に関する指針が出ています。第1目標は痛みに妨げられない夜間の睡眠、第2目標は安静時の痛みの消失、第3目標は動いているときの痛みがなくなるようにすることです。

医療用麻薬とは

 痛みを取るには、痛み止めを使うしかありません。WHOが決めているのが除痛のラダーです。必要に応じて使う鎮痛補助薬が一番下です。痛みが軽度から強度になる段階で、非オピオイド鎮痛薬、弱オピオイド鎮痛薬、強オピオイド鎮痛薬の順番で使用されます。オピオイドと医療用麻薬はほぼ同義語で、がんの痛みを取る一番のポイントは麻薬をいかにうまく使っていくかです。ただ、軽い痛みのときから使うということではなく、麻薬ではないものを最初は使っていきます。麻薬以外の薬では市販薬で知られているロキソニンがあります。

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 医療用麻薬に対する誤解に、始めたらやめられない、早くから始めると依存が起こる、効かなくなる、何もできなくなるのではないかというものがあります。また、よくいわれるのが呼吸抑制が起こるということです。さらに、麻薬による副作用が強いから続けられないのではないか、あるいは全ての痛みに効く万能薬であるという誤解もあります。実際は、原則に従って適切に使用する限り、麻薬を使って命が短くなることは決してありません。

 ただし、がんの末期になるとせん妄という症状が発生することがあります。よくあるのが、病院の天井に空いている穴を見上げて虫がはっているとか、今から家に帰ると言って点滴を付けたままベッドを下りてしまうことです。せん妄は認知症と誤解されやすいのですが、一過性のものです。

 皆さんが一番気にされるのは、耐性や精神依存が出現することです。しかし、本当に痛い人に使っている場合には絶対起こらないといわれます。医療用麻薬は今、がん以外の手術後の痛み止めにも使われています。24時間以内や48時間以内に貼り替える貼り薬や、塗り薬や座薬があります。

心のケア

 もう一つ大事な緩和ケアは、心のケアです。がんになるとどういった心理状態になるのか。告知後2~3日はものすごくショックが大きく、それこそ何も考えることができないと思います。約2週間で適応に至りますが、2週間が経過しても、事あるごとに自分ががんであるという思いを持ち続けることになると思います。

 がんで手術を受ける患者さんは、手術に対してあまり拒否的ではありません。整形で骨の手術をする患者さんは、手術は本当に嫌だと真剣におっしゃいますし、心臓の患者さんもそうです。がんの患者さんは、手術をしたらがんが取り除けるかもしれないとすごく期待もされています。実際、がんで手術を受けられた患者さんは本当に頑張るのです。いくら痛みがないようにしていても、切っているので動けば多少は痛いのです。でも、一生懸命歩こうとされますし、ご飯も頑張って食べようとします。

 実際に手術をしてがんを取り出した後、そのがんの程度をもう一回調べて、退院前から外来の最初ぐらいに、患者さんに「あなたのがんはこの程度だった」と言われます。その際に、初期でステージ1だと思っていたら3だった、4だったということがあります。それを言われた患者さんはかなりショックが大きいのです。

 このように患者さんたちは何回も衝撃を受け、そこから化学療法や放射線療法などの治療に入ることがあります。たとえ早期の患者さんでも、定期受診や追加の治療が必要と言われることによって、「がんが完全に治ったわけではない、再発・転移したらどうしよう」という思いを抱えたまま生活することになり、精神的な痛みも抱えているのです。

 心のケアで大切なことは、関心を寄せることです。つらそうだと思っている人に、まずストレートに「つらそうに見えるのですが、大丈夫ですか」と声を掛けてあげてください。がんになった人の30~50%が抑うつや適応障害になるといわれていて、告知後の適応障害や抑うつ症状は、6カ月以上経過しても軽快は見られないとされています。抑うつになると気持ちが沈んで悲観的になって、決断力がなくなります。また、気力が減退すると食欲もなくなるので、治療に向かい切れない可能性も出てきます。また、がんが悪化してくると倦怠感や不眠の症状が出てきますが、がんの症状でそれが出ていると思い込まれて、気持ち的なフォローがされずに放っておかれることもあります。

 音楽療法なども実際に緩和ケア病棟で取り入れられている施設があると聞いていますし、私もぜひ積極的に取り入れていくべきだと思います。

 がんになったときは、本人が一番つらいのです。しかし、本当に身近な人ががんかもしれないときには家族もすごくショックです。ただし、家族がつらいと言ってしまうと、本人はそれ以上つらいと言えないのです。ですから、私たち医療関係者は、ご本人だけではなくて周りもみながらケアしていくことも大事だと思います。

白尾 久美子 看護学部教授

※この講演録は、学校法人日本福祉大学学園広報室が講演内容をもとに、要約、加筆・訂正のうえ、掲載しています。 このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。

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