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回想法による高齢者の健康づくり

「思い出語り」の意義

 今年は明治150年の記念すべき年にあたる。この間、わが国の平均寿命は男女ともに80歳を超え、世界でも有数の長寿国となった。65歳以上の高齢者人口は毎年伸び続け、敬老の日を迎えた9月、総務省統計局は高齢者総数3557万人、高齢化率28.1%と発表した。

 高齢者人口の増加とともに認知症と診断される割合も増加しており、2025年には5人に1人になると予想されている。認知症に対しても予防の観点から取り組むことが重要な課題となっている。そこで近年、注目されているのが回想法である。米国の精神科医ロバート・バトラー氏によって1960年代に心理療法として提唱された。過去を振り返ることは後ろ向きとみなされ、否定的に考えられていたのに対して、むしろそれが自然であり、老年期の健やかさにとって積極的な意味があることを見いだした。回想が脳を活性化し、人生に価値を認めることが精神の安定につながることも明らかとなり、認知症の進行を予防するために非薬物療法として医療の場で実施された経緯がある。

 地域の高齢者を対象とした健康福祉事業としては、日本では2002年に愛知県北名古屋市に回想法センターが設立されたのを皮切りに、各地の認知症予防教室などでも実施されるようになった。こうして広まる過程は、地域での回想法に関わり続けている筆者自身の研究者としての歩みにも重なる。約10年間の経験をもとに上梓した『グループ回想法実践マニュアル』(11年、すぴか書房)は、その普及に一役買えたのではないかと思っている。

 現在は愛知県半田市で地域在住高齢者を対象に約2カ月間(週に1回1時間、計8回)を1クールとしたグループ回想法を実施している。思い出を引き出すために当時の生活道具や写真、音、匂いなど五感を刺激するものを用意し、懐かしい思い出を語り合う。実施前後のデータでは、うつ傾向や閉じこもり、認知機能などの改善がみられるケースも多い。その時代の情景や心情、懐かしい人々を思い出し、共感することで、参加者同士の絆や仲間意識が強くなり、教室終了後も交流を深めている。

 内閣府は高齢者の社会参加の促進を掲げ、社会的孤立を防ぎ、社会との絆を感じながら安心して生活できる基盤構築をめざしているが、筆者らが追求してきたグループ活動の楽しみ、仲間づくりや世代間交流の場など、アクティビティとしての意義を重視した回想法はまさにそれに応えるものである。

 英国ロンドンの回想法センターは、アクティビティとしての回想法のメッカとして世界的に有名である。その元理事で回想コンサルタントとして活躍するバニー・アリゴ氏らと共著でこの度、『回想アクティビティハンドブック』(18年、すぴか書房)を出版した。実践家に必須の基本精神とノウハウを伝える教科書、かつ手引書として活用されたい。回想の意義が理解され、アクティビティが日本に根づき、さらに発展することを願っている。

梅本 充子 看護学部教授

※この原稿は、中部経済新聞オピニオン「オープンカレッジ」(2018年10月18日)欄に掲載されたものです。学校法人日本福祉大学学園広報室が一部加筆・訂正のうえ、掲載しています。このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。

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