藤井 博之 社会福祉学部教授
※所属や肩書は発行当時のものです。
本学に専任教員として赴任して4年目です。それまで臨床医として働き、医療職、ソーシャルワーカーや介護職の育成に関心を抱いていました。医療現場ではこの30数年間に、急性期と慢性期への機能分化が進み、在宅医療や介護サービス事業が広がり、障害者福祉、地域福祉との連携の機会が増えました。
私が働いてきた病院では、職種を超えて新人や若手を育てあってきました。いわば自然発生的な多職種連携教育(IPE)です。しかし専門職を他職種が教える時に、互いの専門性や患者理解の違いなどが、好ましくない作用をする場合もありました。
1990年代には、様々な学部・学科の学生に呼びかけて、夏休み・春休みに病院でワークショップを開きました。日本にInterprofessional Educationという言葉が紹介された頃です。
日福大に来て、改めて、多職種連携を研究テーマにし、大学でIPEにどう取り組むかにも関心をもちました。
多職種連携は、時代のキーワードになっています。
診療報酬の分野では、平成14(2002)年度の「褥瘡対策未実施減算」で、多職種が連携するか否かが報酬に影響するようになりました。その後、緩和ケア、感染防止、呼吸ケアなどで、多職種連携を条件とする報酬項目が新設されました。平成30(2018)年度の診療報酬改定でも、集中治療室での早期離床や入院・在宅での口腔ケアが加わり、介護報酬改訂でも多職種連携が点数に反映されるようになりました。
並んで推進されてきたのが「地域包括ケアシステム」です。2003年の高齢者介護研究会の報告書「2015年の高齢者介護」で登場し、当初は介護保険制度改革の方向性を意味していましたが、その後、在宅医療や病院の急性期医療も含むようになりました。最近では、「地域包括ケアシステムは、本来的に高齢者や介護保険に限定されたものではなく、障害者福祉、子育て、健康増進、生涯教育、公共交通、都市計画、住宅政策など行政が関わる広範囲なテーマを含む『地域づくり』」とされるように変化・進化し1)、多職種連携が強調されています。
日本にIPEの用語と概念が紹介されたのは1998年です2)が、それ以前から、複数の学生が一緒に学ぶ教育プログラムはありました。例えば藤田保健衛生大学の「アセンブリ教育」は、同大学の医学部開設以来の伝統的科目で、今日では近隣4大学(本学を含む)から900人が受講します。この他に、先に挙げた病院での実習生を対象にしたプログラムなども、先駆的な取り組みといえます3)。
2003年度から文部科学省がはじめた大学教育支援プログラム(GP:Good Practice)に、東京慈恵会医科大学と埼玉県立大学のIPEが採択され、そのころからIPEに取り組む大学が増えました。2008年には日本保健医療福祉連携教育学会(JAIPE)が設立され、教育機関を中心にIPEに取り組む機運が高まりました4)。
多職種連携教育が必要となる理由は、対人援助の課題が複雑化していることにあります。疾病構造の変化、生活課題の多重問題化、援助の技術・組織・制度の複雑化、社会に葛藤と軋轢の強まりなどです5)。
ところで、多職種連携が望ましくない帰結を生むことがあります。連絡と調整の機会が増え、そこがネックになって事故が発生する、多職種化によって職種間の対立と衝突が起こる、などです。
多職種連携による資源や費用の削減を期待する向きがあります。しかし、多職種化で調整のためのコストが発生しますから、費用はむしろ増加するはずです。もちろん、連携によってケアの質が向上すれば、費用対効果が上がる可能性もあります。
これらは、多職種連携を批判的、実証的に研究する必要性を示しています。
本学に来てから私が研究に取り組み、発表(投稿)した論文は、以下の3本です。
「資格取得前に実施したIPEの長期的効果 −学生時代にIPEを経験した社会人を対象にした研究」5)は、1990年代に取り組んだワークショップ参加者に、専門職になってから行った質問紙調査です。学生時代のIPEは社会人経験を経る中でも長期的効果を示す一方、職場で多職種連携への無理解なども経験していました。資格取得前だけでなく、現任者向けのIPEにも取り組む必要があると考えられます。
「病院における多職種研修の現状分析−IPE構築の視点から」6)は、佐久総合病院の職員を対象に、多職種が一緒に参加する研修(新人研修、職責者研修、事例検討などのほか、病院祭などの文化活動)の参加状況を調査しました。いずれかに参加している人は97%に達し、これらは、現任教育におけるIPEとして活用できる資源といえます。
「医療機関における多職種連携の状況を評価する尺度の開発」7)は、同じく佐久総合病院の職員を対象に、「働いている職場の連携状況をどう評価するか」についての20項目の評価尺度を開発した報告です。連携の尺度はいくつか開発されていますが、いずれも回答者の連携のための能力や行動を問うものでした。回答者に職場の状況について評価してもらう点がこの尺度の新しさです。
このほか、2つの医療機関(佐久総合病院と医療法人健和会(東京))の職場カンファレンスの歴史、上記評価尺度を用いた連携状況の職場・職種間の比較などを加え、博士論文として提出中です。
本学は、知多半島における地域福祉の担い手である行政やNPOなどと連携して「地域連携教育」に取り組んでいます。多職種連携教育検討委員会が2017年に立ち上がり、「多職種連携教育」と「地域連携教育」が車の両輪と位置付けられました。地域社会で連携するのは保健・医療・福祉の専門職だけではありません。保育、学校教育、スポーツ、警察、災害支援、地域経済などの多事業・多業種間、患者・クライエント、家族、市民へとウイングが広がっています。
現任者の教育・研修がポイントですが、現場で使える時間と資源には制約があります。全国の1741市町村で取り組むことが制度化された「在宅医療・介護連携推進事業」の多職種研修をとっても、どう進めるか模索中の自治体が少なくないと聞きます。
本年3月に、日本における最新のIPEのテキストシリーズを協同医書出版から刊行しました。編著者はJAIPE/IPE推進委員会の事務局である「臨床協働研究会」のメンバーです。本学出身の吉浦輪先生(東洋大学教授)も加わっており、この分野で活躍する国内外の多くの方々が、執筆に参加されています。
シリーズ全5巻は、第1巻でIPの基本と原則、第2巻が教員向け、第3巻は学生・学習者向け、第4巻は多職種連携を実践する現場向け、そして第5巻は教材として使える事例集という、ユニークな構成です。
本書の刊行をきっかけに、在宅医療・介護連携推進事業など、病院、施設、地域における多職種連携研修の交流とネットワーク形成に貢献できればと考えています。
以下文献
(本原稿は、シルバー新報2018年6月15日に掲載された「多職種連携の今日とこれから 日本の多職種連携 その現状と課題」を、同窓会会報のために大幅に書き直したしたものです。)
※2018年8月15日発行 日本福祉大学同窓会会報121号より転載