身近な話題が「ふくし」につながるWebマガジン

看護倫理基礎編「日常活動に生きる看護倫理」

日本福祉大学看護実践研究センター2020年度公開プログラム
看護倫理基礎編「日常活動に生きる看護倫理」

講師:
小笠原 ゆかり 看護学部 准教授
日時:
2020年10月6日(火)

※所属や肩書は講演当時のものです。

1.倫理とは

 今日は身近な日常にある倫理について考えていきたいと思います。
 倫理とは一般的に、仲間内での決まり事や守るべき秩序、道徳を意味します。では、生活とともにある倫理とはどういうものかというと、良いか・悪いか、正しいか・間違っているか、なぜそのような行動をするのか(したのか)を検討する際の根拠といえます。つまり私たちは、倫理に基づいて、人の命を助けることは正しいことだと自分で結論付けることで行動を起こしているのです。
 さて、とるべき行動について選択肢の中から考えることを道徳的思考といいます。この道徳的思考は看護において非常に大切であり、その過程で態度や行動の意味、善悪を秩序立てて吟味することを、倫理的判断といいます。倫理的判断は、家族内でも異なることがありますが、それは自分の人生で大切にしているもの、つまり価値観が異なるからです。良いか悪いか、何をすべきかなどを考え、倫理的判断をする上で、自分の価値観は非常に重要になります。
 私たちは医療者として、人命を助けることに重きを置いていると思いますが、医療者としての価値観は家族といろいろずれがあるとも感じます。例えば、一人のおじいちゃんを楽に逝かせてあげたいと奥さんは思っていても、息子は命を永らえさせてほしいと願っている場合もあります。個人の判断が価値観によって異なるのです。これは多分、医師と看護師など、いろいろな専門職同士でもよくあることだと思うのですが、どう判断していったらいいのかというときに、私たちの価値観が倫理の中で非常に大きく影響します。

 そうした価値観の形成に影響することは、生育環境や社会規範、文化、職業などがあります。実際、どんな生活をしてきたかという成育歴のようなものがその人の価値観に非常に強く影響しているわけです。患者に置き換えれば、患者の価値観を理解する上でそれらは非常に重要な点になってくると思います。

ogasawara01.jpg

小笠原ゆかり看護学部准教授

2.看護倫理とは

 看護倫理とは、今までお話ししてきた倫理の考え方を看護分野に応用した応用倫理の一つで、私たち看護専門職が責任や責務を遂行するための道徳的判断の基準です。私たちは看護倫理に拠っていろいろなことを判断しています。生活の中での倫理と同じように、看護職として良い在り方・行為、良くない在り方・行為を検討し、そのように行動した根拠を説明することに役立ちます。
 看護倫理には、個人の実践者のための看護倫理と、看護専門職全体のための看護倫理の二つの側面があるといわれています。日本看護協会が作成した「看護者の倫理綱領」前文には、「あらゆる場で実践を行う看護者を対象とした行動指針であり、自己の実践を振り返る際の基盤を提供するものである」とあり、「専門職として引き受ける責任の範囲を社会に対して明示するもの」としています。つまり、私たち看護師がするべきことが「看護者の倫理綱領」には書かれているわけです。専門職として倫理綱領をきちんと理解し、この行動指針にのっとって看護することが私たち専門職としての在り方ということになります。
 国際看護師協会(ICN)の「看護師の倫理綱領」の前文では、看護師には健康を増進すること、疾病を予防すること、健康を回復すること、苦痛を緩和することという四つの基本的責任があると明記されています。そして、看護のニーズはあらゆる人々に普遍的であり、全ての人々に平等に看護をすることが定められています。
 看護には、文化的権利、生存と選択の権利、尊厳を保つ権利、そして敬意のこもった対応を受ける権利などの人権を尊重することがその本質として備わっています。そして看護ケアは、年齢、皮膚の色、信条、文化、障害や疾病、ジェンダー、性的指向、国籍、政治、人種、社会的地位を尊重するものであり、これらを理由に制約されるものではなく、差別なく全員平等に看護を行っていくことがうたわれています。
 また、看護師は個人、家族、地域社会にヘルスサービスを提供し、自己が提供するサービスと関連グループが提供するサービスの調整を図る役割があり、これは多職種連携にもつながっています。

3.ICNの倫理綱領の基本領域

 ICNの倫理綱領には、基本領域が四つあります。
 一つ目に「看護師と人々」という領域があって、私たち看護師の専門職としての第一義的な責任は、看護を必要とする人に対して存在するとしています。看護師はニーズのある患者に対して存在しており、看護を提供するに際し、個人、家族および地域社会の人権、価値観、習慣および信仰が尊重されるような環境の実現を促していきます。
 また、看護師は、個人がケアや治療に同意する上で、正確で十分な情報を、最適な時期に、文化に適した方法で確実に得られるようにします。
 あとは、個人情報の守秘義務のことであったり、一般社会の人々、特に弱い立場にある人々の健康上のニーズおよび社会的ニーズを満たすための行動を起こし、支援する責任を社会と分かち合うこと、資源配分および保健医療、社会的・経済的サービスへのアクセスにおいて公平性・社会正義を擁護することがうたわれています。つまり、誰もが平等に看護を受けられるということです。
 看護師は尊敬の念をもって人々に応え、思いやりや信頼性、高潔さを示し、専門職としての価値を自ら体現します。こうしたことが倫理綱領に入っていて、看護師はどんなことをしなければならないのかが定められているのです。
 二つ目の領域が「看護師と実践」です。看護師は、看護を実践するに当たって勉強する必要があることや、自己の健康を維持し、ケアを提供する能力が損なわれないようにすることが明記されています。
 また、看護師は責任を引き受け、または他へ委譲する場合、自己および相手の能力を正しく判断します。例えば自分の仕事が残ったときに、この仕事を誰かにお願いするときは、ちゃんとできる人にお願いし、安全な看護が提供できるようにします。
 それから、看護師はいかなるときも看護専門職の信望を高めて社会の信頼を得るように、個人としての品行を常に高く維持します。今の看護学生たちを見ていると品行が高いとはいえず、実習で誠人さや道徳といったことを育てていくことが必要ですが、時間的な制約があり、難しいのが現状です。しかし、社会の中で私たちの存在が信頼を受ける立場であるためには、そういう人としての品行を高く持つことも大事なのだと感じます。
 それから、看護師はケアを提供する際に、テクノロジーと科学の進歩が人々の安全、尊厳および権利を脅かすことなく、これらと共存することを保証します。また、倫理的行動と率直な対話の促進につながる実践文化を育み、守ることもうたわれています。
 三つ目の「看護師と看護専門職」の領域、四つ目の「看護師と協働者」の領域にもいろいろ明記されています。これを踏まえて日本の「看護者の倫理綱領」が改変されているので、ほぼ同じような内容となっています。エビデンスのことや働きやすい環境、自然環境の保護、倫理的なこと、あとは多職種連携のことも結構多く書かれています。他分野の協働者と協力的で相互を尊重する関係を維持することや、家族などとの協力についても載っています。

4.日本看護協会の倫理綱領

 そして、日本看護協会の「看護者の倫理綱領」は2003年に改訂されました。学生にも倫理教育に非常に重点を置かなければならないということになったのは、ここ最近のような気がします。
 前文では、先ほど言った個人と看護職全体の責任の範囲を示しており、ほぼICNの内容を受けて作られています。
 条文1~6に関しては、看護提供に際して守られるべき価値や義務が明記されています。看護者は、人間の生命、人間としての尊厳および権利を尊重します。しかし、人間としての尊厳や権利を日々尊重できているかというあたりが、学生にはなかなか伝わりにくいように思います。患者が弱者になっていて、私たちが何かをしてあげるという感じがして、人としての尊厳や権利が若い子たちには難しい感じがしますが、本当はこのあたりが一番大事なところなのです。
 平等に看護をしていくことや、対象となる人々との間に信頼関係を築き、その信頼関係に基づいて看護を提供することなど、本当に日々のことが書かれています。自己決定の権利を尊重することなどは、看護の中で今、非常にトピックスになっているのではないでしょうか。日本看護協会が作ったラダーには、看護師がすべきこととして自己決定をサポートするような看護が入っていると思うのですが、権利を擁護することが私たち看護者の大きな役割になっています。守秘義務のことや、患者の安全を確保するということも入っています。
 条文7~11では、私たち看護師が責任を果たすために求められる努力が明記されています。看護者は、自己の責任と能力を的確に認識し、実施した看護について個人としての責任を持つことや、看護者は常に個人の責任として、継続学習による能力の維持・開発に努めること、他の看護者および保健医療福祉関係者とともに協働して看護を提供すること、質の高い看護を行うために看護実践・管理や教育研究の望ましい基準を設定し、実施すること、看護者は研究や実践を通して専門的知識・技術の創造と開発に努め、看護学の発展に寄与することがうたわれています。
 条文12~15は、土台としての個人的特性と組織的な取り組みについてです。看護者は、より質の高い看護を行うために看護者自身の心身の健康の保持増進に努めること、社会の人々の信頼を得るように個人としての品行を常に高く維持すること、人々がより良い健康を獲得していくために環境の問題について社会と責任を共有すること、専門職組織を通じて看護の質を高めるための制度の確立に参画し、より良い社会づくりに貢献することなどがうたわれています。

5.道徳的判断を支える倫理原則

 私たち医療従事者が大本にしている考え方に、「生命倫理の4原則」(自律尊重、善行、無危害、正義)があります。1979年に公表された「ベルモント・レポートの3原則」がもとになっています。医療現場で生じる倫理的問題を解決するための指針として、医者であろうが看護師であろうが、患者に行ったことに関してこの4点を見ていくことになります。

生命倫理の4原則

原則 内容
自律尊重
(respect for autonomy)
インフォームド・コンセントを通して、患者の意思決定を尊重することで患者の尊厳を守る
善行(恩恵・与益)
(beneficence)
患者にとっての最善を尽くす
無危害
(non-maleficence)
患者に危害を及ぼすことを避け、危害のリスクを最小にする
正義
(justice)
医療を受けるすべての人々に平等かつ公平な医療を提供する

 それを基に、サラ・T・フライは、看護実践における道徳的判断を支える倫理原則として、自律、誠実、善行、正義、忠誠の5つを挙げています。
 世界医師会は1981年にリスボン宣言を採択しました。医療において患者には11の権利があると定められ、これがベースになって患者の権利が考えられています。良質な医療を受ける権利、選択の自由の権利、自己決定の権利、意識を喪失している患者の権利、制限行為能力者の権利、情報に対する権利、秘密保持に対する権利、健康教育を受ける権利、尊厳に対する権利、宗教的支援に対する権利です。こういったものがベースになって看護倫理が考えられてきました。
 1980年代には倫理的なことでかなりいろいろなトラブルが起きていたのでしょう。今で言えば出生前判断など、医療の発展によって倫理的判断が難しいものが増えていて、その中で医師は最善の結果を出そうとします。一方、私たち看護師は、その人の生活や家族のことなどいろいろな背景を見て、患者の代弁者(アドボカシー)となって意思決定をサポートすることが非常に重要になっています。多くの看護倫理はそちらの話にかなりクローズアップしているのではないでしょうか。
 患者の権利もいろいろなものがうたわれるようになりました。権利があるということを患者は普通に知っていなければならないのですが、高齢の人たちはまだまだそうなっていませんし、お任せ医療で自分ではどうしていいかが分からないところがあるので、私たち看護者として倫理をどう考えていくのかという課題はまだまだ続きます。

6.看護実践における倫理的概念

 看護実践上の倫理的概念の中で、特に意思決定において大事だといわれているのが「アドボカシー」「責務」「協力」「ケアリング」という概念です。これらの概念は、倫理的葛藤などが生じたとき、看護職としてどう考え、行動するかを考える基盤になります。
 アドボカシー(advocacy)は権利擁護や代弁という意味で、看護倫理を学ぶ上では欠かせないキーワードです。患者の倫理的判断をしていくときには私たちはアドボカシーの役割をきちんと発揮していかなければなりません。それは、看護実践において患者の権利を擁護し、患者の価値や信念に最も近い決定ができるよう援助するということです。
 医者とのインフォームドコンセントには入ったものの、看護師と話をすると「そうではない」「もっとこんな事情がある」ということを聞くことが多いと思います。そういうものを医者に伝えたりして、患者の意思決定がよりいいものになっていくことを目指します。人間としての尊厳やプライバシーを尊重することが前提であり、患者の安全や医療の質の保証、意思決定支援に関わる重要な概念です。
 責務(accountability)には、法的責務と道徳的責務があります。法的責務は保健師助産師看護師法に基づいており、道徳的責務は日本看護協会が定めた「看護者の倫理綱領」や「看護業務基準」に示されています。ICNの「看護師の倫理綱領」では、健康増進、疾病予防、健康回復、苦痛緩和という四つの基本的責任を、どのような目的を持ってどのように遂行したかということを説明する責務があるとされています。
 協力(cooperation)に関しては、今は多職種連携がキーワードになっており、看護職はさまざまな専門職・非専門職とチームを組んで業務を遂行することが多くなりました。近年では患者・家族もチームの一員として考えられるようになっています。さまざまな人と協働し、信頼関係を基にメンバー全員が互いに配慮し合い、価値や目標を共有し、目的達成のために共に貢献し合うことが求められます。
 ケアリング(carling)の概念としては、対象者との相互的な関係性・関わり合い、②対象者の尊厳を守り大切にしようとする看護職の理想・理念・倫理的態度、気遣いや配慮(ケアリングの語源でもある)が看護職の援助行動に示され、対象者に伝わり、それが対象者にとって何らかの意味(安らかさ、癒し、内省の促し、成長発達、危険回避、健康改善など)を持つという意味合いを含んでいます。
 大事なのは、ケアされる人とケアする人双方の人間的成長をもたらすことが強調されている点です。看護すると私たちも成長していくというところもケアリングの大きな意味があります。
 今までであれば、看護実践場面における倫理的なジレンマについて、事例を挙げて話し合いをしていたのではないでしょうか。対象の価値観や信念を踏まえた自己決定を尊重することで生じる倫理的なジレンマが生じる背景には、患者のQOLにまつわる自律と善行の対立があります。それを解決する考え方として、パターナリズムがあります。医療においては、患者本人の価値観や信念による選択(自律)を無視して、医療側がその裁量で選択・決定をすることです。看護者にはアドボケートの役割を遂行し、パターナリズムを上手に補うことが求められると思います。

7.まとめ

 このように、毎日の看護の中では倫理のことばかりだと思うのです。ですので、難しいジレンマばかりではなく、日々のケアを振り返りながら、患者の価値観や私たちの価値観を考えるきっかけにしていただければと思います。患者や家族の立場、看護師としての立場など、いろいろと考えることはありますが、倫理的な部分は日々のことですので、そのことを忘れずに常に患者のことを考えながらケアしていただければと思います。

小笠原 ゆかり 看護学部 准教授

※この講演録は、学校法人日本福祉大学学園広報室が講演内容をもとに、要約、加筆・訂正のうえ、掲載しています。 このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。

pagetop