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しょうがいのある子どもの発達を保障するために

文化講演会
「しょうがいのある子どもの発達を保障するために」

講師:
近藤 直子 子ども発達学部教授
日時:
2013年7月14日(日)

※所属や肩書は講演当時のものです。

誰にもある発達の可能性

 私がこの世界に入った43年前には、障害の重いお子さんが通える保育園や幼稚園がなかったため、親御さんと保健師さんが無認可の親子教室を作っていました。子どもたちは、そこに通い始めると、家でお母さんを困らせることがなくなるなど、顕著な変化が現れました。好きなことを思う存分できる場所があると、子どもはいいところをいっぱい出すようになるのです。

 ご両親がどんなに愛情を注いでいても、二間しかない家の中で走り回ることはできません。子どもたちが自由にパワーを発揮できることだけでも、通う場所を用意することには大きな意味がありますし、何となく1日が過ぎるのではなく、教室のある日は朝からお母さんが張り切っているので、子どもたちもそれを敏感に感じ取って生活にメリハリができます。また、仲間の存在も大きいです。楽しく遊んでいるうちにお友だちにも目が向くようになって、新しいことにチャレンジするようになります。人は自分の力が発揮できて、それを一緒にやる仲間がいると変わるのです。

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 昔に比べて通う場はかなり増えましたが、せっかくならそこがワクワクできる場所であってほしいものです。そのために大切なのが発達の見方で、視点をしっかり持ち、子どもに合った取り組みをしなければいけません。障害や発達の遅れがあると分かると、ご両親は「当たり前のことができるようにさせたい」と思われがちですが、発達というのは、できないことができるようになることだけではありません。

 ある保育士さんから、「保育園を飛び出して、何度も保護されている子どもがいる。どうすればおとなしく座っていてくれるだろうか」と相談を受けました。普通、人は何かをするために座りますが、何をするわけではなくても大好きな人の隣に座ることがあります。しかし、先生は「無理やり座らせようとする私を恐ろしく思っているだろうから、それは無理だと思う」と言われます。そこで、「まずはその子のやりたいことを一緒に楽しんで、先生のことが大好きになるように頑張って」と話して1カ月して見に行くと、その子は先生と一緒に走ったりじゃれ合ったりと、とても楽しそうにしていました。そして、先生が部屋に入っていくと黙って付いていって、先生の横に座って先生のTシャツのすそをぎゅっと握っているのです。先生が、「大好きだよ。一緒に楽しく遊ぼうね」という気持ちを示したことで子どもは先生が大好きになり、教えられなくても先生の真似をして椅子に座るようになったのです。これが発達です。こうなると子どもはどんどん変わります。

 講演の前に、「1歳半健診で言葉数が少ないことを指摘されたが、気にしなければいけないか」という質問を頂きました。大事なのは言葉の数ではありません。子どもが大好きなお父さんやお母さんと気持ちを通わせたいと思うことで、子どもはその中でたくさんの豊かな言葉を吸収していくのです。愛を豊かに広げてあげることが主体性を尊重するということで、お母さんが焦ると子どもとの関係がややこしくなるだけなので注意が必要です。

 発達により、子どもたちは心の揺れや葛藤を経験します。例えば、4歳児は癖のマイブームの時期です。仲間に関心が出てきて、特に何かが器用にできる友達が格好よく見えて、自分もそんなふうになりたいと思います。それがチャレンジの原動力となって力を付けていくのですが、当然ながら何度練習してもできないこともあって、心が揺れます。心が揺れると邪魔なのが手です。人間の手は何かを作り出すことに使いますが、心が揺れていると手が前に出ないのでクリエイティブになれません。すると、子どもの手は自分に向いて、鼻くそほじくりマンや爪噛みマンになります。

 しかし、5歳になると癖の頻度はぐんと減ります。それはコツが把握できるようになるという以外に、教え上手をゲットできるようになるからです。ここでゲットするのは教え上手であって、上手にできる子ではありません。私は、子どもがマイナスを出すのは、チャレンジしようとしているからだと考えています。「鼻くそをほじくると血が出るよ」と脅してやめさせるより、子どもが自分で乗り越えたという実感を保障してあげる方が、はるかにクリエイティブです。

 皆さんも、チャレンジしようとしている子どもたちを応援する応援団になる方が良いでしょう。そうすると、子どもたちは先生と素敵な出会いができたと思うでしょうし、素敵な応援団に出会えると、ここに来てよかったと思うでしょう。先生が仲間との間を橋渡ししてくれて仲間が認めてくれると、仲間のことも好きになり、さらにはマイナスを乗り越えた自分がもっと好きになります。そうなると子どもの中に良い思い出がたくさん蓄えられて、それが自分を素敵にしていく。それが発達だと思います。

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 逆に人間には、発達したためにできなくなることもたくさんあります。私は逆上がりや微分積分はできなくなりましたが、その一方で、子どもをしっかり観察する力は付きました。皆さんも、できなくなったことがあれば、「私は今、新しい自分にチャレンジしようとしているんだわ」と考えてください。年老いていくことが素敵に思えるかもしれません。

 できることは少なくても、幸せを感じながら生きている障害のある子どもたちはたくさんいます。応援団になって子どもが変わると、親御さんたちはご自分の子育てに自信が持てるので、親御さんも変わります。そして、そういう素敵な親御さんたちの姿を見ることで、職員は人間としての幅を広げ、豊かな気持ちでいられます。そういうお互いがお互いの素敵なところを認め合うプラスのスパイラルができれば、子どもを通してみんなが幸せになれます。そんな通いの場・出会いの場をたくさん作って、多くの人に本当の幸せをつかんでいただきたいものです。

発達を保障するために求められる視点

 子どもたちの発達を保障するために求められるのが、何よりも子どもの好きなことや関心事に共感し、それを広げる視点です。子どもが走り回っているのを見守るだけではなく、それを一緒にワクワクしたものにしていかなければいけません。

 3歳まで専門の通園施設に通っていた自閉症のお子さんが、生活リズムが整い、保育園の4歳児クラスに通うことになりました。しかし、後で分かったことなのですが、その子には聴覚過敏があって、保育室のうるささに耐えられずに、あるとき玄関のガラスを割ってまで逃げようとしたのです。それからは、空いている遊戯室で先生と二人で過ごしていましたが、1カ月ほどたって、先生が「二人で毎日ただ紐を振っているだけ。耐えられない」と、限界を感じてアドバイスを求めて来られました。

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 それを聞いた私は、「それはネーミングが悪い。紐振りではいかにも暗いので、新体操ごっこと呼んだら」と提案したところ、先生の顔がぱっと明るくなり、「新体操ならリボンが必要だわ」と言ってとてもうれしそうに帰っていかれました。こういうワクワク感が大切なのです。先生にワクワク感が出たことで、誰より変わったのが4歳児クラスの女の子たちでした。二人で新体操ごっこをしているのを見て、「私もやりたい」と集まってきたのです。

 みんなで一緒に演技をして遊び、リボン回しが上手と褒められて喜んでいるうちに、その子は自然に保育室に入っていけるようになりました。仲良しになった女の子たちといることの安心感が、聴覚過敏を忘れさせたのでしょう。気持ちが安定して楽しくなると、嫌なことは感じにくくなるものです。そういう意味でも、遊びの名前はとても大事です。これが「苦手に挑戦するこころのバネ」です。仲間となら苦手な所も平気。みんなに認められることで得た自己充実感が、苦手なことをクリアしてくれるのです。人間にはできないこと、情けないところがいっぱいあります。それでも好きだよと思ってくれる人がいることが、すごく大事です。できる人だから好きなのではないのです。

 亡くなった私の夫は極度に忘れ物が多い人で、私が話した愚痴や悪口も全部忘れていました。素敵でしょう。私はそれで本当に癒されていました。忘れっぽいと言うとマイナスに聞こえますが、マイナスが持ち味として活きることがあるのです。障害のある子どもさんはできないことをたくさん持っていますが、できないから駄目なのではなくて、できないところも含めてかわいい子どもなのです。そのように思ってくれる人がいて、それがお父さんやお母さんなら、子どもにとっては一番の幸せです。

 講演前にもう一つ、「4歳のお子さんの癇癪がひどいので、何とかならないか」というご相談も受けました。子どもが困ったことをするのは発達過程で変身しようとしてもがいているからなので、複数の目で観察することをお勧めします。よく観察して困っている原因を見つけて、手当てを考えてあげてください。例えば、言葉が不十分でお友だちに噛み付く場合は、そういう状況が一番起きやすい場面を調べます。その上で、イライラせずに過ごせる方法を探るのです。障害からくるしんどさには、多面的に取り組む必要があります。

 ハウツーの活用も有効です。「~しなさい」ではなく、まずは気持ちを受け止める言葉掛けをしてみましょう。ただし、基本は子どもさんの世界を広げていくことなので、そこを忘れてハウツーだけでやってはいけません。障害のある子どもを理解するのは特別のことのように言われますが、自分に置き換えて考えれば簡単です。自分が言われたりされたりして嫌なことはしない。そして、長い目で見て力を付けてあげることを前提に、子どもの発達の土台となる生活を保障していただきたいと思います。

発達の土台となる生活の保障

 障害児の昼間の充実した生活を保障するには、小さい集団で丁寧に保育する療育が必要ですが、今は放課後保障、後期中等教育が充実しており、さらに高等教育を保障しようという動きが全国的に広がっています。今後は、就労支援からさらに余暇の充実支援まで進めて、障害のない人たちと同じような生活を保障していければと期待しています。

 また、本来、家庭は寛ぐ場であり、自己安定感を保障する場なので、ご家庭で訓練をするといった無茶なことは考えないでください。家庭では、本人だけでなく家族もみんな寛ぎたいのです。家族支援はご家族が寛ぐ機会を提供するためにあります。今後、さらに家族支援の取り組みが広がって、子どもが大きくなることに喜びが感じられ、子どもが成人したら「家を出て好きにしていいよ」と言えるような社会になればと思っています。

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 子どもの成長に有効なのが、手伝い、冒険、本物の文化、趣味、文化・スポーツです。手伝うことで感謝の言葉がもらえ、家族の中で役に立っていることが実感できます。「できたね」という評価の言葉より、何倍も喜びを感じるはずです。冒険というのは、チャレンジです。障害のあるお子さんはいつもお母さんと一緒に行動していますが、小学校に入ったら、お父さんと出掛けたり、留守番にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。子どもから見ると、お父さんは付録のようなものですから、その付録と二人で行動するのは子どもにとってかなりのチャレンジで、達成感が得られます。そういう体験が大切なのです。

 趣味もとても有効です。こだわりと趣味の違いは、仲間に開かれているかどうかです。仲間と楽しむことで、どんどん広がる可能性があります。お母さん方は、子どものこだわりをなくしたいとおっしゃいますが、こだわるからこそ活きてくるものがあるのです。また、本物の文化やスポーツに接することで、子どもたちは変わり、さらに変わったという事実が職員と家族をつなぎ、地域を変える力になるはずです。そのためには、身近な地域に通える場が必要ですので、まずは地域の中にそういう場所をたくさん作ってください。通える場が増えれば、そこは障害のある人たちが当たり前に活躍できる地域になるでしょう。

 私は43年間障害者の方とお付き合いしてきて、本当に世の中が変わったことを実感しています。これから先10年、20年たつと、きっともっと素敵な世界が広がっていると思います。大変なこともあるかもしれませんが、皆さんの取り組みが時代を切り開いていくのだという確信を持って、ぜひ素敵な地域をつくっていってください。

近藤 直子 子ども発達学部教授

1973年京都大学教育学部卒業、京都大学大学院教育学研究科博士課程を中退し、1977年に日本福祉大学赴任。2009年より副学長。1973年より現在まで18ヶ月児健診後の発達相談を担当。

※この講演録は、学校法人日本福祉大学学園広報室が講演内容をもとに、要約、加筆・訂正のうえ、掲載しています。 このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。

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