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産後ケアが当たり前の世の中を目指して

ウィメンズヘルスの重要性

 筆者のライフワークの原点となったのは、大学生の頃に読んだ英語論文との出会いでした。その論文には、骨盤底筋群を鍛えることにより尿もれが改善されることが記されており、海外では理学療法士による運動指導が行われていることを知りました。ただ、日本では尿もれに対する理学療法は保険診療の適用となっておらず、「日本でも尿もれに対する理学療法を普及させることができたら」と志を抱くようになりました。

 博士課程修了後には、臨床において尿もれや骨盤臓器脱などの骨盤底機能障害を有する患者さんへの理学療法に従事しました。患者さんからは「受診するまでに何年もかかってしまった」「もっと早く知りたかった」との声が多々聞かれました。早期から理学療法を行うことができれば重症化予防ができるのではないか。そのために私にできることは何なのか考え、私が選んだ道は大学教員、すなわち教育・研究者になることでした。

 筆者らが産後1年以内の女性を対象に行った調査では、産後女性のうち66%に腰痛・骨盤帯痛が、33%に尿もれがあり、医療機関を受診した経験をもつ女性は、腰痛・骨盤帯痛を有する女性では9%、尿もれを有する女性では6%にとどまっていました。これまで、産前産後の女性における腰痛・骨盤帯痛や尿もれなどの身体トラブルは、新生児の予後や妊産婦の生命に関わるものではないことから「マイナートラブル」と呼ばれ、見過ごされてきました。しかし、これらの身体トラブルは、産後うつや休職、労働生産性、次子妊娠にも悪影響を及ぼすことが明らかになっており、決して「マイナー(小さい存在で、重要でない)」な問題ではありません。

 近年では、医師の指示のもとで自費診療にて尿もれに対する理学療法を提供している医療機関が増えつつあります。また、2024年10月には、こども家庭庁が「産前・産後サポート事業ガイドライン 産後ケア事業ガイドライン」を改定し、産後ケアの「実施担当者」として「理学療法士」の名称が明記されました。これまで一部の地域で先駆的に行われてきた産後ケアがモデルケースとなり、地域での予防的な活動が全国へと展開されることが期待されます。

 筆者の所属する日本福祉大学では「Well-being for All」を宣言しており、このなかには「ウィメンズヘルス」も含まれます。ウィメンズヘルス領域の理学療法の対象は、産前産後における身体トラブルや骨盤底機能障害にとどまりません。月経に関わる健康問題や、女性アスリートにおけるスポーツ障害・外傷、更年期以降の女性における骨粗鬆症、乳がん・婦人科がん術後におけるリンパ浮腫など、その対象は多岐にわたります。教育者として女性の生涯にわたる健康を支援できる理学療法士を育成すること、研究者としてウィメンズヘルス領域の理学療法のエビデンスを構築し、日本における社会実装を一歩でも前に進めることが、今の私の大きな目標です。

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井上(平川)倫恵 健康科学部教授

井上(平川)倫恵 健康科学部教授

※この原稿は、中部経済新聞オピニオン「オープンカレッジ」(2025年10月07日)欄に掲載されたものです。学校法人日本福祉大学学園広報室が一部加筆・訂正のうえ、掲載しています。このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。

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