身近な話題が「ふくし」につながるWebマガジン

精神障害者の生活支援 ― 障害年金に着眼した協働的支援

研究紹介
「精神障害者の生活支援 ― 障害年金に着眼した協働的支援」

青木 聖久 福祉経営学部(通信教育)教授

※所属や肩書は発行当時のものです。

 「障害年金を受けるということは、社会の偏見も含めて受けることになります。だから、私は受給しません。」と、精神障害を有するAさんが語った。Aさんは、経済的に困窮状態にあるにも関わらず、世間(社会)の偏見が怖くて障害年金を受給しない、と言うのである。一方で、Bさん(家族)は、精神障害を有しているCさん(精神障害を有して以降、10年近く外出していない)と同居している。Bさんは、これまで、誰からも所得保障制度の話を聞いたことが無かった。そのような中、最近入会した家族会より障害年金の情報を得たことから、相談支援事業所に行き、「障害年金の受給の仕方について教えてください」と、支援者に相談をしたのである。ところが、支援者のBさんに対する反応は、「本人(Cさん)は望んでいるの?」の一言のみで、ほぼ門前払いに近かったそうである。しかも、家族の思いを一切受け止められることはなく...。

 筆者は1988年から2006年までの間、精神科病院及び小規模作業所において、精神科ソーシャルワーカー(以下、PSW)として精神障害者支援に携わってきた。それ以降も、「業として」とはいえないものの、精神障害者支援を継続している(※1)。精神障害者は、障害から起因する意欲の低下や対人関係の苦手さ等から日常生活に支障をきたしやすく、何らかの社会的支援(制度を含む)が必要となる場合が多い。とりわけ、所得保障制度のなかでも中心な位置を占めているのが障害年金である。なぜなら、障害年金は保険料納付要件等が問われるものの、生活保護制度にみられるような「補足性の原理」や「世帯単位の原則」がなく、障害状態に応じて個人単位で受給できる制度として位置付いているからである。

 しかし、精神障害者は、本来受給できるはずの障害年金を必ずしも受給できていない。実際、わが国において、323万人(※2)いるとされている精神障害者のうち、障害年金を受給している者は僅か52万人(※3)というように、受給率が極めて低いのである。その原因として、筆者は、以下の3点による部分が大きいと考えている。

  1. 精神障害者や家族が、障害受容の葛藤から障害年金の受給を拒否していること
  2. 精神障害者や家族が、障害年金制度を知らない、あるいは、制度は知っているものの実際に利用できるものとして認識していないこと
  3. 役所や専門家等が、障害年金の受給要件について、誤った判断をくだし、精神障害者や家族に伝えていること

 このような問題意識のもと、筆者は、2003年に精神障害者及びPSWにインタビューを試みて、以下の6点の障害年金の意義を認めることができた。

ア)生活の基礎的な部分に充当できること
イ)社会的扶養を実感できること
ウ)生活が拡がること
エ)現実感が芽生えること
オ)視点が変わることによって障害が受容できるようになること
カ)生活支援者との信頼関係が構築できること

 上記、ア)~エ)に挙げているように、障害年金は精神障害者の暮らしにおいて、衣食住というような生活の基礎的部分に充当できるのみならず、余暇活動への参加等、生活の拡がりにもつながる。さらに、オ)に挙げているように、多様な価値観が持てるようになることに結びついたり、カ)のように、障害年金の受給支援におけるプロセスを通して、PSW等との関係性の向上につなげることもできるのである(※4)。

青木2.jpg

青木 聖久教授

 以上のような問題意識をもって、筆者が障害年金に着眼してから約20年の月日が経つ。そして、2009年度から2012年度まで、「精神障害者の生活支援にはたす障害年金の研究」というテーマで、4年間、独立行政法人日本学術振興会より、『科学研究費補助金(基盤研究C)』を受けている。

 上記の科学研究の目的は、より多くの精神障害者が障害年金を受給できるような方途を模索し、彼らの主体的な生活の実現を図ることにある。だが、精神障害者が障害年金を受給することは、内なる偏見(自らの障害の受け入れ)や手続きの複雑さ等が妨げとなって、決して容易なことではない。だからこそ、精神障害者を取り巻く専門家や家族、仲間等の環境が障害年金の受給の鍵を握る。要するに、精神障害者を取り巻く者たちが障害年金について正確に理解をし、対応ができれば、精神障害者の障害年金受給率は向上する、と筆者は考えているのである。また、そのようになるならば、精神障害者は自ずと社会の偏見等に囚われることなく、障害年金を胸を張って受給できるようになる、ということを主張したいのである。そして、標記のテーマに沿って、これまでの研究成果を論文としてまとめたものの代表的なものが次の(イ)〜(ホ)である。

(イ) 青木聖久「精神障害者の生活支援にはたす価値の多様性と障害年金 --3人の支援者へのインタビュー調査を通して--」『日本の地域福祉』23,93−105頁,2010年

(ロ) 青木聖久「家族が立ち向かう精神障害者の障害年金受給促進活動についての一考察 ―愛知県の地域家族会が取り組んできた「精神障害者の障害年金受給実態調査」を通して」『響き合う街で』53,3-12頁,2010年

(ハ) 青木聖久「精神障害者の暮らしと障害年金の権利性の保障 ―精神保健福祉士に対する障害年金についてのアンケート調査を通して」『精神保健福祉』42(4),301-308頁,2011年

(ニ) 青木聖久「精神障害者の障害年金の受給促進に向けての新たなアプローチ ―障害年金を専門とする11人の社会保険労務士へのインタビュー調査を通して」『中部社会福祉学研究』3,1-11頁,2012年

(ホ) 青木聖久「精神障害者の障害年金受給を拡げるための方途 ―家族が発信する337件の意見を中心に」『病院・地域精神医学』55(1),87-96頁,2012年

 なかでも、(ロ)は、精神障害を有する者と暮らす家族の心情について、6名からのインタビューを試みたものである。紙面の関係で、一部にはなるが紹介をしたい。

(※1) 筆者のこれまでのPSWとしての実践については、以下の文献にまとめている。青木聖久『第2版精神保健福祉士の魅力と可能性』やどかり出版,2009年

(※2) 内閣府『障害者白書平成24年版』298頁,2012年

(※3) 青木聖久「社会保障--年金ー」精神保健福祉白書編集委員会編『精神保健福祉白書2011年版』中央法規,132頁,2010年

(※4) 青木聖久「精神障害者の自己実現を支える所得保障」『神戸親和女子大学研究論叢』38,21−43頁,2005年

【家族の心情】( )内は筆者の補筆

 「仲間(家族同士)とは、いつも最後は親亡き後の話になる」「社会の中で支えていく仕組みができんと、障害をもった(精神障害者の)親は自分の人生を放棄せざるをえない、と思ったりしてね」「兄弟は客観的ですよ」「家族と言っても、やっぱり親なんですね、親の立場の人が圧倒的に多い。その根っこにあるのは、我が子を包んでいきたいという気持ちですよ、孫の将来を含めてね」「自分の偏見にね、まずは戦わなきゃならない。そういうものを払拭した後で、世間の差別と戦わなきゃいけない。うつ病っていうのは傍に居るとうつるんです(私自身、一時期うつ状態になったが、(他の世界が)ないとしたら、どうしても引きこもりがちになるし、親も引きこもり、親子とも社会から断絶していくっていう人が圧倒的に多いと思います」「(精神障害者の)症状が幻聴とか妄想とかがないもんだから、怠けているみたいに(周囲から)見られるのですよ」「自分で働けない悔しさが本人にはあるだろうし」「(家族会で)みんな仲良くなって話し合えば文殊の知恵が出せる」「何をやるにも、親に負担をかけて(親から)お金(小遣い)を貰って、という(精神障害者の)辛さを思うとね。生活全般のなかで安心感が欲しい」「家族は前のめりになる。専門家は客観的、親の見えんところ、全体像をつかんでくれている」「家族が相談に行くと、『当人は望んでいるの?』で終わり(という支援者が少なからずいる)。もうそこでシャットアウトにされたら、人生終わりだと思っちゃうような気持ちになる」「家族も支援対象者なんです」 。

 いずれの語りからも、家族の精神障害者に対する強い愛情が感じられる。それと共に、辛かった経験を乗り越えたうえで、家族会活動に主体的に取り組んでいる家族のひたむきさがうかがえる。なお、これらの語りに対する考察については、前出の拙稿に掲載している。筆者は、障害年金の受給のみによって、精神障害者の暮らしが満たされるとは到底考えていない。しかしながら、多くの精神障害者が障害年金を受給できていない実態を、看過できない事柄として捉えることは重要であり、かつ、必要なことだと思っている。そして支援者は、障害年金に着眼すれば、精神障害者の生活実態、社会における精神障害者に対する差別や偏見等、多くの課題に辿り着くのである。

 筆者は、これらの問題意識をもって研究活動に取り組み、「精神障害者の生活支援にはたす障害年金の研究」というテーマで、2012年3月、龍谷大学で「社会福祉学博士」の学位を取得した。そして、これらの研究の成果、さらには、これまでの実践活動のなかで得られた多くのことを、精神障害者、家族、現場のソーシャルワーカー等に伝えることを目的にして、2013年1月、『精神障害者の生活支援 ―障害年金に着眼した協働的支援』を出版した。出版するにあたり、こだわったことは、研究のための研究ではなく、精神障害者や家族の暮らしの向上を目指し、実践的に役立つ本にしたい、ということにある。そこで本には、固有の立場から精神障害者の生活支援に携わっている、わが国を代表する精神障害者、家族、PSW、社会保険労務士等、7名の支援者の語りを加えた。

青木3.jpg

拙著 『精神障害者の生活支援―障害年金に着眼した協働的支援』法律文化社、2013年。

一方で、筆者は常々、支援者には、①「強さ」と②「やさしさ」、そして、③「固有性」が大切だと思っている。そのことを、出版社の編集者を通じて、デザイナーに伝え、本の表紙に表現してもらった。①~③が、表紙のどこに反映されているかについては、皆さんの想像力にお任せしたい。

 筆者は、社会福祉実践や研究活動に取り組み始めてから20年以上になる。淡路島(兵庫)から本学の学生として、美浜を初めて訪れたのが1984年である。その翌年の1985年1月には、スキーバス事故により、級友22名が二度と帰らぬ人となってしまった。筆者が級友22名のことを忘れることは、これまでも、そして、これからも決してない。彼らは、社会福祉の勉強を続けたかっただろうに、社会福祉実践をしたかっただろうに、でも、その思いは叶わなかった。ならば、級友である彼らの分までも、筆者は思い切り、社会福祉活動に取り組みたいと考えている。ゆえに、筆者が目指しているのは、実践と研究とが融合した、現場のニーズに基づいた実践的な研究である。このことだけは、これからもこだわり続けたい。

 母校で、教員をしている幸せを噛みしめながら...。

青木 聖久 福祉経営学部(通信教育)教授

※(2010年8月10日発行 日本福祉大学同窓会会報105号をもとに、2013年1月、一部加筆修正)

pagetop