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避難安全のバリアフリーを目指して

多様な人を理解した災害時の安全

 近年では、さまざまな建築物のバリアフリー化や、道路や交通機関など移動手段を含む都市全体のバリアフリー化が進展し、さまざまな人々が安全・安心な生活を営む基盤が整備されつつある。このようなバリアフリー環境の整備は、高齢者や障がい者だけではなくあらゆる人々に恩恵をもたらし、日常生活がより豊かになるといえる。一方、私たちの生活は常に何らかの災害と隣り合わせになっている。日本は世界有数の地震国であり、近年は風水害も多く発生し、さらに火災は日常生活のあらゆる場面でリスクとして存在している。このような「非日常」の生活環境で安全・安心を確保することが「避難安全のバリアフリー」である。

 これら災害の中で、特に安全確保で時間との勝負を求められるのが火災である。火災時に安全に建築物から避難するには、覚知、排煙、消火、避難いずれも早い時点での迅速な対応が必要になる。一般的な避難行動の過程は、自身の滞在している場所で火災の発生を知り、廊下(通路)を経由し、階段を下りて避難階(多くの場合は地上階となる1階)へ到達し、屋外へと向かうことがほとんどである。その過程で「避難」という視点で見た場合にバリアフリーになっているかというと不十分なのが現状である。日本では建築基準法や消防法などにより、建築物が火災に対して安全であるために、炎の燃え広がりや煙の拡散を抑え、安全に避難できるようさまざまな規定が定められている。しかし、これら法令で規定される避難安全性は、基本的には自力で避難行動が可能な人を想定しており、高齢者、障がい者、妊婦、幼児や子ども連れの親子など、避難行動に何らかの支援を必要とする人が安全に避難するための規定が非常に少ない。

 例えば高齢者や車いすユーザー、片まひのある人にとって、防火戸のような重い扉を開けることは困難であり、なかには開けられない人もいる。視覚障害のある人にとって、自身が今いる場所から適切な避難経路を見つけ出すことは難しいことがある。非常時の情報提供手段は音声や警報音によることが多いが、聴覚障害のある人にとって情報取得という点で不利となる。また、内部障害の人(内臓に何らかの障害のある人)にとっては、長距離の避難が困難になることもある。また、階段を下りることが困難または不可能な人もいる。このように、日常の建築物の使用では特段の困難のなかった(あるいは困難の少なかった)人が、いざ火災時の避難となった際にはさまざまな課題が生まれてくる。このように避難行動に何らかの支援が必要な人々の避難安全の実現には、建築計画から消防設備、さらに人的支援までさまざまな工夫が必要である。

 これから先、高齢者や障がい者をはじめ、さまざまな人々がますます活躍する社会となっていくと思われる。先にも記載したようにバリアフリーはあらゆる人々に恩恵をもたらすものである。そのような人々が安心して社会で活躍できるよう支援する「避難安全のバリアフリー」は、今後必要不可欠な考え方になることが期待される。

村井 裕樹 健康科学部准教授

村井 裕樹 健康科学部准教授

村井 裕樹 健康科学部准教授

※この原稿は、中部経済新聞オピニオン「オープンカレッジ」(2023年8月29日)欄に掲載されたものです。このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。

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