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地域に生きる子どもの包括的支援とスクールソーシャルワーク

研究紹介
「地域に生きる子どもの包括的支援とスクールソーシャルワーク」

野尻 紀恵 社会福祉学部教授

※所属や肩書は発行当時のものです。

はじめに

 2011年3月11日、東日本大震災が発災しました。一瞬にして失われた多くの人のいのち、消え去った日常生活。どれ程の悲しみが犠牲となった土地にあふれたことでしょう。しかし、24年前に阪神淡路大震災を経験した私は、被災した地の人々が助け合い、立ち上がることを知っていたし、そう信じていました。今こそ「いのち」を語ること、「地域」を見つめること、「福祉観」を豊かに育むことが大切。そんな思いを持ち、2011年4月に私は、神戸から美浜町にある日本福祉大学に赴任しました。

 私は、日本福祉大学ではスクールソーシャルワーカー(以降SSWerと略す)を養成し、子どもの人権を基盤とする地域に生きる子どもたちへの包括的支援について研究しています。その傍ら、茨木市教育委員会でのSSWer事業スーパーバイザー、愛知県教育委員会、さらには春日井市、半田市など愛知県内の自治体教育委員会におけるSSWerのスーパーバイザーとして、スクールソーシャルワーク(以降SSWと略す)事業に関わっています。

この学問に出会うきっかけ

 そのきっかけは、大学を卒業してすぐに入職した女子高等学校での教員経験です。

この高校では、不登校や非行経験のある子どもも受け入れていました。しかし、スクールカウンセラーやSSWer等の専門職は校内組織に存在せず、様々な子どもの事象には担任が対応していたのです。そのため、子どもへの生活指導や家庭訪問が毎日の業務の多くを占めていました。当時は学費未納や、家事手伝いを行うため等の家庭課題が背景にあるための不登校、非行の繰り返し、などもあり退学する生徒が多くいました。しかし、家庭の課題には介入できず、担任としての悩みは大きかったです。

 一方、地域福祉の実現を目指して導入されてきた「福祉教育」は、1990年代には学校で実施することにより、子どもの自己肯定感を高める教育活動として有効である、と注目を浴びはじめていました。私が勤務していた高校でも、「総合的な学習の時間」に「福祉教育」を導入し、私がその企画運営担当チーフに指名されたことにより、社会福祉協議会や障害当事者、その他福祉関連の方々、地域住民の皆さまと出会うことになったのでした。

 このような経過の中、私は福祉の仕事に魅力を感じて高校を退職し、2005年に大学院に進学し、同時に専門学校にも在籍して社会福祉士の国家資格も取得しました。2007年からは茨木市でSSWerとして学校を基盤に子どもへの支援活動を経験しました。私が福祉の仕事に魅力を感じた理由は、生活歴や家族などによる環境に左右され、困難な状況に陥っている子どもたちに、具体的で効果のある支援をなし得るのは福祉の仕事だと感じたからです。また、ソーシャルワークという仕事が、子どもたちの未来につながる人生を支援し、生きる道筋を共に考える仕事だと思ったからでした。そして、そのような力のあるソーシャルワークを子ども自身に届けるためにはどうしたら良いのかを研究し始めました。

私の研究の3つの軸

 私の研究は大きく次の3つを軸としています。

 1つ目は子どもの抱えている困難に対して学校を基盤として改善・解決するためにSSWerが果たしている役割や意義を分析する研究、2つ目は子どもを中心とした誰もが排除されない地域づくりにSSWerが関わる方法やプロセスを示す研究、3つ目は災害時におけるSSWerの果たす役割や学校教職員の災害への備えについて検討する研究です。

SSWerが果たしている役割や意義を分析する研究

 SSWerは、文部科学省が活用を導入してまだ10年。教育分野に対して第2次分野の福祉実践を行うため、目的や対象や支援の方法論も曖昧なまま実践が行われている状態です。私は教育福祉の立場から、SSWerは学校という場でソーシャルワークを行っているということを明確にしようと試みました。特に「子どもの貧困」が学習の遅れ、心身の健康問題、不登校や非行という行動事象に現れやすく、学校現場で「貧困」が見えていても「隠されて」いく事例に対して、SSWerの役割を事例研究しました。博士論文として提出し、2018年3月に博士(社会福祉学)学位をいただきました。

 博士論文では、大阪府茨木市の教育政策およびSSW実践事例を分析することにより、SSWerが行う、子どもの貧困の克服に効果的な支援とはどのような支援であるのかについて明らかにすることを目的としました。この研究目的を達するために、本研究では、以下の3点について検討しました。(1)茨木市における教育とSSWの連携のプロセスを示す。(2)子どもの問題事象に隠れた貧困が存在した事例を検討することにより、その事例に対して行った支援がどのようなものであったのかについて示す。(3)子どもの隠れた貧困に対してSSWerが効果的な役割を果たすか否かを検討する。

 SSWerが、子ども本人は勿論、家庭や地域・行政等に様々に影響することで、学校教育の場で制度や行政、地域、組織に展開し、子ども本人や家族の問題状況の解決に向けたソーシャルワークを行っているという、SSW実践の枠組みを示しました。

 子どもの隠れた貧困を支援するSSWerの役割は、ソーシャルワークの6つの基盤を用いた「学びの下支え」です。SSWerの「学びの下支え」は、発達の保障、貧困から脱出するための意思、親世代とは違う生き方を選択できる力を導き出すのです。

子どもを中心とした誰もが排除されない地域づくりに関する研究

 子どもは学校だけではなく、地域・家庭での生活があります。そこで、子どもの支援を重層的に行うためにも、SSWerとコミュニティソーシャルワーカー(以降CSWと略す)との連携が欠かせないと考え、この2職種が共に地域に配属されるとともに連携構築が進んでいる市を抽出し、特に連携実践を行っている2職種のペアを調査対象としてインタビュー調査・分析を行いました。

 SSWerが単独でソーシャルワークを展開するのではなく、CSWと連携を進め、「アセスメント」「コーディネーション」「生活支援」というソーシャルワーク機能を発揮していることを示すことができました。また、連携プロセスにおける重要ポイントを分析することによって、2職種の連携により、貧困の中に暮らす子ども支援において総体としてのソーシャルワークの厚みが増す可能性を示唆することができました。

 さらに現在は、SSWerとCSWが連携して生活支援を行うことによる進路保障について研究を進めています。進路とは進学にとどまらない、生き方の道筋です。この進路保障の考え方を深めていく研究を行うために、SSWer研究の私と、CSWの研究者がペアを組み、研究者自身も互いに学びあいながら研究を進めています。その議論はとても刺激的です。

災害時におけるSSWerの果たす役割についての研究

 災害発生時にその地域の学校が経験するプロセスを、これまでの災害後に作成された報告書や独自調査によって検証・検討を進めています。これは、私自身が阪神淡路大震災の学校現場(高校教員時代・在校生が3名亡くなりました)を経験したことにより、子どもの生活する場の安全を守りたいという思いから研究を継続しています。防災・発災直後、復旧・復興のそれぞれのフェーズにおいて果たすソーシャルワーカーの役割を、過去の災害から学びながら考察し続けています。

 そして、復旧・復興の過程で「人が内に持っている力を発揮する」ことができ、学校などの組織・集団のレジリエンスを高めることができる・・・ソーシャルワーカーが何を行うことができるのか、これからも模索していきたいと思っています。

あいちSSW実践研究会の立上げと継続

 本学のSSW教育課程卒業生は、愛知、東京、大阪などでSSWerとして活躍してくれています。そんな卒業生はもとより、愛知県内のSSWerが相互に研鑽を積む場として2015年にあいちSSW実践研究会を立上げ、継続した研修会・事例検討会・研究会を開催しています。SSWerの支援が地域に根ざし、地域に生きる子どもに届くソーシャルワークを展開することができるよう、貢献していきたいと考えています。

野尻 紀恵 社会福祉学部教授

※2019年3月15日発行 日本福祉大学同窓会会報122号より転載

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