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日本経済再生への道

日本福祉大学後援会設立30周年記念講演
「日本経済再生への道」

講師:
榊原 定征氏(日本経済団体連合会 名誉会長、東レ株式会社 元社長・会長)
日時:
2019年11月20日(水)

※所属や肩書は講演当時のものです。

日本の経済回復の状況

 私は、昨年6月に経団連会長としての4年の任期を終え、現在は名誉会長の立場で経済界や国のさまざまな役職を頂いています。一番大きいのは財政制度等審議会です。それから、資源エネルギー調査会の会長なども務めています。

 日本経済は2017年の正月ごろ、株価が3万円台に乗るのではないかといわれるほどの世界同時好況でしたが、その後はトランプ米大統領の一連の通商政策や米中貿易摩擦、イギリスのBrexit問題など、いろいろな問題があって減速気味であり、不確実性の高い状況になっています。

 世界各国のGDP(国内総生産)の推移を比べると、日本はこの20年間、全く成長がありませんでした。一方、韓国は4.6倍、中国は16.6倍、アメリカも2.4倍成長しました。つまり、世界中が順調に経済成長している中で、日本だけが取り残されていたのです。それが「失われた20年」の重要な前提の一つとなっています。

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榊原 定征氏

(図)各国の名目GDPの推移

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(出所)IMF: World Economic Outlook(2018年4月)

 経済が停滞すると、日本国内の企業活動も停滞し、設備投資や研究開発投資、M&A投資もおとなしくなります。それから、若い人たちが将来の夢や希望、展望を持ちにくくなります。アンケートを取ると、以前は「家や車を買いたい」「大企業に就職したい」といった前向きな抱負を答える若者が多かったのですが、この10年ぐらいは貯蓄や節約と答える人が多くなっています。それはそれで大事ですが、これからの日本を背負う若い人にはもう少し前向きな抱負を持ってほしいと思うのです。やはりそこから変えていかなければなりません。経済が成長すれば、雇用は拡大し、所得が増え、消費拡大につながるという正の回転が生まれます。従って、経済再生が一番大事なのです。

 経済と政治はお互いに切磋琢磨し合って、きちんと意見を言い、是是非非で臨むのが本来あるべき姿だと思いますが、このように全く成長がない非常事態のとき、経済と政治が切磋琢磨をしている暇はないので、徹底的に連携して経済成長を目指すことが必要だと思います。

 政府の経済財政政策の総司令塔は、経済財政諮問会議です。安倍総理が議長を務め、閣僚や日銀総裁など6名と民間の学者など4名で構成されるのですが、私の前任者まで経団連会長はこの会議のメンバーに入っていませんでした。しかし、私は就任後間もなく、安倍総理にお願いしてメンバーに入れていただきました。その時々の経済財政政策について議論し、経済界の立場から直接、総理や大臣にいろいろなテーマを出して実現を図る役割を果たせたと思っています。

 GDPはこの20年ずっと490兆円前後で停滞していましたが、この5~6年間で550兆円前後にまで増えました。企業の業績も過去3年は史上最高益がつき、非常に順調です。特に大きいのは設備投資で、この数年は2割ほど増えています。一番大きいのは有効求人倍率です。安倍政権発足時は0.83倍でしたが、今は1.63倍とほぼ倍になっています。このように景気は間違いなく改善してきていると思います。

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 その中で経済界は、設備投資、研究開発投資、M&A投資を増やしてきましたし、私の会長時代には賃金の引き上げに非常に力を入れました。この十数年はほとんどベアゼロで、ベアという言葉は死語になりつつありましたが、私は2014年から、とにかくベアを再開して、まず企業が率先して賃上げをしようと考えました。そうすれば所得が増え、消費が増え、経済が拡大し、企業業績も上がり、また賃上げできるというプラスの回転が生まれます。そのトリガー役を果たすため、経団連が賃上げの音頭を初めて取りました。今年までに6年連続でベアが行われ、勤労世帯の所得拡大に一定の寄与をしていると思います。

 しかし、日本の経済成長率は今も1%前後と低いです。インドや中国は、最近下がったといっても6%ですし、アメリカは3%程度の成長です。こうした国では個人消費が経済を牽引しています。ですから、日本の場合も需要が拡大しないと、GDPは増えていきません。政府は、GDP600兆円を当面の目標に掲げています。この5~6年で490兆円から550兆円に増えましたが、さらに50兆円を上乗せしなければいけません。そのためには新たな需要を創出する必要があります。経団連は政府と一体となって、需要創出のためのいろいろな政策に取り組んできました。

 それが、未来投資戦略2017「官民戦略プロジェクト10」です。一つのプロジェクトで大体10兆円程度の潜在需要が期待できます。それを10個挙げ、官民合わせて取り組んでいます。中でも日本の成長戦略の一丁目一番地に位置付けているのがSociety 5.0、の実現です。

Society 5.0について

 世界は、いろいろな技術革新を背景に、急激な変化の波に直面しています。AI、IoT、ロボット、ビッグデ-タ、ブロックチェーンといったデジタル技術の革新が急速に進展しているわけです。これらは産業や社会の在り方に革命的な変化をもたらすといわれています。

 これを一番に始めたのはドイツで、Industry 4.0という国家プロジェクトを始めました。アメリカもIndustrial Internetという言葉で、まさに国家プロジェクト的に改革に取り組んでいます。中国は中国製造2025ということで、製造事業の改革を行っています。その日本バージョンがSociety 5.0です。

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 ドイツのIndustry 4.0は主として製造業に対するデジタル革新で国の成長を推進するプロジェクトですが、日本のSociety 5.0は産業の革新による経済成長にとどまらず、社会課題の解決との両立を図ることで経済活性化を図っていこうという考え方をとっています。

 人類は狩猟社会からスタートし、1万数千年前から農耕社会、18~19世紀の産業革命で工業社会に進歩し、20世紀は情報社会を迎えました。それに続く5段階目の社会をわれわれはSociety 5.0と呼んでいます。

 Society 5.0は勝手に向こうからやって来るのではなく、われわれ産業界や政府が改革の主役となって、つくりたい未来社会をつくっていきます。そのドライビングフォースとなるのがデジタライゼーションです。デジタル技術やデータを、人々の多様な生活や幸せを追求できる社会をつくるためにフル活用するのです。また、Society 5.0では、自然環境との共生の道を探り、持続可能な社会の発展を実現することも目指します。そこで、国連が2015年に掲げた持続可能な開発目標(SDGs)の達成にも貢献していきます。

(図)Society 5.0 for SDGs

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 Society 5.0では既存の枠や制約に縛られず、多様な価値を追求できる社会を目指します。日本はその先端的な役割を果たしていくために、この考え方をいろいろな場で発信しています。先日のG20でも発信しましたし、大阪・関西万博のテーマにも掲げています。

企業の六重苦を解消するために

 このように世の中は非常に大きな変化が進んでいるのですが、日本の経済社会では旧態依然たる制度や規制があり、なかなか新しいことができません。われわれはそれを打ち破っていこうとさまざまな規制改革に取り組んできました。

 「企業を取り巻く六重苦」という言葉を聞いたことがあると思います。日本には企業活動を阻害する障害が六つあるといわれ、これを解消しなければ日本企業の国際競争力はますます劣化してしまうことが懸念されます。われわれはこの4年間、六重苦の解消に取り組んできましたが、大相撲の星取表的に言えば3勝1敗2引き分けといったところかと思っています。

(図)日本企業の国際競争力 ~企業を取り巻く六重苦~

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 一つ目に、行き過ぎた円高です。2012~2013年ごろは円ドルレートが80円台でしたが、昨今は110円前後で安定し、日本企業の輸出競争力が確保できる水準に是正されたと考えていいでしょう。

 二つ目は、重い法人税ですが、4年前は34.62%と世界で最も税率が高かったのですが、私の経団連会長時代の最も大きな仕事の一つとして4年間毎年下げてきて、現在は29.74%です。まだ低くはないのですが、OECD諸国並みの水準になってきました。

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 三つ目に、経済連携協定(EPA)の遅れです。これは安倍政権の下で大幅に進展したといっていいでしょう。TPPがアジア・太平洋地域にまたがる11カ国によって昨年暮れに発効しましたし、EUとのEPAもできました。現在は東アジア地域包括的経済連携協定(RCEP)の今年中の発効を目指して頑張っています。これができれば、日本の通商面での競争力は一気に強化されると思います。

 問題は、四つ目の電力コストです。東日本大震災以降、電源構成に占める火力発電比率が84%に上り、化石燃料への依存度が高いことが国際社会の批判を招いています。一方、再生可能エネルギーは増えてはいますが、送電ネットワーク整備が不十分で、発電システムの中に組み込めていません。原発は、震災以前は54基稼働していましたが、今は9基しか稼働していません。政府は2030年までに30基稼働しようとしていますが、なかなか進んでいません。その結果、元々高い日本の電力コストはさらに高くなっています。電力は安全・安心を前提とした上で、安定供給、経済性、環境のS+3Eにしっかりと対応していかなければなりません。

社会保障制度の問題

 それから、私が特に力を入れて取り組んだ課題の一つが社会保障制度改革です。社会保障給付(年金、医療費、介護費)は、2000年度は78兆円でしたが、2018年度は121兆円に増えています。団塊世代が後期高齢者になる2025年以降には、さらに140兆円まで増えると予測されています。これを放置すると、国家財政が破綻してしまうでしょう。

 1990年と今年の歳出入を比べると、公共事業や文教や防衛などの予算割合は変わっていませんが、社会保障が大きく変わっています。そして、社会保障が増えた分のほとんどを国の借金が賄っています。

 国の公債残高は、建設公債と合わせて897兆円に上り、GDPの1.5倍に相当します。これに地方分を加えると、国の借金はGDPの2.2倍となり、世界でも圧倒的に高い借金です。ですから、やはりここに手を付けなければいけません。そのためには社会保障給付に手を付ける必要があるのですが、手を付けると選挙に影響するので、歴代の政府はみんな及び腰でした。

 大事なことは、社会保障の給付と負担の見直しです。現役ばりばりの人は多くの社会保障費を負担していますが、健康ですから給付をほとんど受けていないのに対し、高齢者は多くの給付を受けています。やはり給付と負担のバランスを考えざるを得ないと思います。それから、高額医療品の自己負担や償還価格の見直し、後発医薬品(ジェネリック)の利用も進めなければなりません。

働き方改革について

 もう一つ力を入れているのが働き方改革です。今までは残業を無限にすることができたのですが、今年4月に働き方改革関連法が施行され、残業時間に罰則規定付きの上限を設けることになりました。しかし、経済界などいろいろなところから反論が上がりました。企業からは「残業を禁止したら日本企業の国際競争力は確保できるのか」という指摘や、中小・零細企業の経営者からは「大企業からの下請け作業がしにくくなる」という指摘がありました。労働者からは「残業代で生活費を賄っているのに、残業ができなくなったらどうなるのか」という切実な指摘も頂きました。こうしたことを1年ぐらいかけて議論した結果、ゴーサインを出したわけです。

 アメリカ人は定時になると仕事を終えて帰宅しますが、それで企業業績が悪いかというと必ずしもそうではありません。やはり労働生産性に問題があるのではないでしょうか。短時間で集中して成果を出す働き方に変えていかないと、国際競争に勝てないと思います。

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 それから、日本企業の給与水準は決して高くありません。労働分配率(コストに占める給与の割合)が低いのです。なぜなら、経済が20年成長しなかったので、経営者が給料を上げることに非常に慎重だからです。やはりこれを変えて、労働生産性に見合った給与水準にしないといけません。

大阪・関西万博について

 2025年5~11月には大阪・関西万博が行われます。万博の意義の一つは、大阪・関西の活性化です。日本で最初の万博は1970(昭和45)年に大阪で開かれましたが、そのときの来場者の皆さんは、日本がこれから国際社会で活躍するというエネルギーを感じ、万博が日本の高度成長のステップボードになったと思っています。

 今度の万博も、若い人たちが将来に向けての夢や希望、明るい展望を持てるような場にしたいと思っているので、皆さん方からいろいろな知恵やアドバイスを頂きたいと思っています。

不確実性の時代に

 日本経済はグローバル経済に完全に組み込まれていて、世界の動きがもろに日本経済に影響するようになりました。不確実性や後ろ向きの動きが出てくることは覚悟しないといけません。あまりにも不安定要素が大きい時代だからこそ、日本は日本で自国経済のファンダメンタルズを強化し、本質的な経済競争力を強化するための自助努力を続ける必要があると思います。

日本経済団体連合会 名誉会長、東レ株式会社 元社長・会長

榊原 定征

1943年、神奈川県生まれ。幼少期に現在の愛知県美浜町に移り、奥田小学校、野間中学校、半田高校、名古屋大学を経て名古屋大学大学院を修了。2002年 東レ株式会社代表取締役、2010年 同社代表取締役会長を経て、同社特別顧問を歴任。2014年 一般社団法人日本経済団体連合会会長。現在、同会名誉会長。人生100年時代構想会議に有識者として参画するほか、一般財団法人 愛知・名古屋アジア競技大会組織委員会名誉会長などを務める。美浜町の名誉町民。

※この講演録は、学校法人日本福祉大学学園広報室が講演内容をもとに、要約、加筆・訂正のうえ、掲載しています。 このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。

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