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ひとり親のワーク・ライフ・バランスと生活戦略 ―どのような政策が求められているのか?

文化講演会
「ひとり親のワーク・ライフ・バランスと生活戦略 ―どのような政策が求められているのか?

講師:
末盛 慶 社会福祉学部准教授
日時:
2016年10月29日(土)

※所属や肩書は講演当時のものです。

1.日本福祉大学の現状と講演内容

 私は13年間、日本福祉大学で教鞭を執っています。学生たちは優しく真面目で、しっかり授業を聞くことができています。キャンパスには笑顔が多く、学生たちが良い雰囲気をキャンパスにもたらしています。

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 今日の講演のタイトルは「ひとり親のワーク・ライフ・バランスと生活戦略」です。子どもの貧困の中でも、特に貧困率が高いのが、ひとり親世帯だといわれています。中でも母子世帯の貧困率が高いとされ、私は特にシングルマザーに焦点を当てて研究しています。今日は、私の専門であるジェンダーと社会福祉が交差する部分として母子世帯に注目し、求められる政策の方向性を示したいと思います。

2.日本社会におけるジェンダー

 「ジェンダー」という言葉は男らしさや女らしさとよく表現されます。私たちは日々気づかないうちにジェンダーに基づいた生活を送っています。例えば、子どもを産み育てるとき、男性は就業を継続し、女性は仕事を辞めて家庭に入るのは、ジェンダーが非常に大きな影響を与えています。ジェンダー研究というと女性をテーマにしたものというイメージが強いかもしれませんが、男性の労働時間や過労の問題、イクメンという言葉もジェンダーの研究範囲に含まれます。

 ジェンダーとは、社会的に作り出された性差を生み出す「知」のことです。例えば、子どもが小さい間は母親がそばにいた方がいいという考え方、知そのものが、結果的に男性は働き続け、女性は家庭を中心とした生活をするというような社会的な性差を生み出しているのです。

 男性が働いて女性が家庭にいるという形は大正時代に始まり、それが一般的になったのは高度成長期の1955~70年ごろです。ところが、1980~90年の10年間で専業主婦は大幅に減り、その分、共働き世帯が増えました。そして、2000年以降は共働き世帯中心の社会になっています。現在は若年層の給与水準があまり高くないため、共働き世帯が増える傾向は今後も続くと思われます。

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3.ワーク・ライフ・バランス

 社会構造が変われば、それに合わせて私たちの考え方や暮らし方も変えていかなければなりません。そこで出てきたのが、「ワーク・ライフ・バランス」という言葉です。ワーク・ライフ・バランスとは、仕事と家庭あるいは個人の生活の両立・調和を表す概念です。日本は高齢化で介護のニーズが高まる一方で未婚者がとても増えているので、親の介護を自分が担う人の割合も今後増えていきます。そうなると、「男性だからといってケアに携わらない」という社会設計では社会が維持できません。ワーク・ライフ・バランスは、そういった社会の動向を見越し、どうやって日本の社会設計を組み替えていくのかという論点を含有していると私は思います。

 2000年以降、日本の社会福祉は地域福祉を重視する方向で進められてきましたが、仕事や家庭で忙しい人が多いため、それを担う人材が地域で不足しています。つまり、ワーク・ライフ・バランスが取れていない人が社会に増えることは、地域福祉を豊かにする上で足かせになってしまうのです。さらに、これからは少子高齢化で人口減少が進みます。現状の社会の仕組みを維持したままで地域を豊かにしようとしても、限界があるということです。ですから、今後はワーク・ライフ・バランスに配慮して個人の生活の自由度を高めることが、地域福祉の豊かさや充実につながるのではないかと私は考えています。

4.母子世帯の現状

 2000年以降、母子世帯の貧困率の高さが指摘されるようになりました。国民生活基礎調査によると母子世帯の貧困率は約6割に上り、どの世帯類型と比べても飛び抜けて高くなっています。世帯類型によって大きな格差が生まれている状況はアンフェアです。母子世帯の貧困率が高いという状況は30年間ずっと変わっていません。この点を社会はどのように考えていくのかが問われています。

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 母子世帯の暮らしは個々それぞれに多様性に富んでいますが、経済的に厳しい状況にあることが少なくありません。女性は時間当たりの給料が低いので、長時間働かなければ、子どもがいる生活を維持するだけの収入を得られません。つまり、母子世帯ではワーク・ライフ・バランスの実現が非常に難しいのです。一方で、母親は「子どもを大事にすべきだ」というジェンダーの考え方が今の社会にはあるので、低所得の中、働きながら子どもの世話をして、といったように両方の役割を一人で担わなければならないのです。

 「親に頼ればよいのではないか?」と思われるかもしれませんが、母子世帯の6~7割は親と同居せず、自力で生活しています。いろいろな背景があり、母子世帯の多くが、親との同居を積極的に検討しづらい状況にあります。ワーク・ライフ・バランスの研究は近年いろいろ行われていますが、一番厳しい状態にあるのはシングルマザーだと私は思います。

5.ワーク・ファミリー・コンフリクトと生活戦略

 私の研究では、ワーク・ファミリー・コンフリクト(WFC)の尺度を使ってワーク・ライフ・バランスの状況を見ています。WFCとは、ある個人の仕事と家族の領域における役割要請が、幾つかの観点で両立しないような役割間葛藤のことです。また、シングルマザーの日々の対応のことを「生活戦略」(諸個人が置かれた状況に対してとる諸行為)という言葉で表現し、シングルマザーがどのような対応で困難を乗り越えようとしているのかに着目して研究をしています。

シングルマザーのワーク・ライフ・バランスに関する生活戦略

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 名古屋市内在住の働く母親244名(ひとり親113名、ふたり親131名)を対象に分析したところ、「仕事が原因で家族との接触が十分とれない」という質問に対し、「あてはまる」と答えたふたり親は2.3%、ひとり親は8.8%でした。この結果から、ひとり親の方が仕事と家庭の両立に苦しんでいる状況が垣間見えます。

 次に、ワーク・ライフ・バランスに関する生活戦略として、どのように日々を乗り越えているかを聞いてみたところ、「よくする」という答えが多かったのは「親族に頼る」、「仕事効率を上げる」「睡眠時間を削る」でした。「たまにする」も加えると、職場・仕事での調整に関する回答の割合が高い一方で、「公的機関に頼る」と答えた人や、「家族支援制度の活用」、つまり国が定めている短時間勤務や育児休業を選ぶ人は少ないという結果でした。

 シングルマザーたちは、公的な制度や職場の家族支援制度を使うよりも、上司や同僚に相談したり、仕事を休んだり、身の回りのインフォーマルな対応で日々を乗り越えており、それに加えて睡眠時間を削るなどの自己努力型の生活戦略をとっています。仕事の効率を上げながら睡眠時間の削減を続けていると、シングルマザーの健康上の問題も出てくることが心配されます。

 学歴と生活戦略の関係も厳しい結果がでています。親族に頼っている人で見ていくと、学歴低位群の人は高位群の人よりも少数でした。恐らく親族に頼りたくても、頼れないのだと思います。つまり、学歴低位群のシングルマザーは、親も厳しい生活をしている可能性が高いため、子どもを預けるだけの余力を感じられず、親族に頼るという生活戦略を取りづらくなっていると思われます。親族に頼れず、自分だけが長時間働いて、家に帰ってから子どもの世話をしている状態を続けていると、どうしてもWFCは高まっていきます。

 WFCと生活戦略の関係を分析すると、WFCが高い群は退社時間をより早めますが、シングルマザーの多くは非正規雇用なので、そうなるとさらに収入が下がっていきます。母親たちは、一つひとつの生活の局面で合理的に動いているのに、貧困から抜け出すことができません。つまり、合理的に判断して動いているのに貧困が維持されているのです。ここが大変重要なポイントになります。つまり、貧困の自己責任論は通用しないということです。個人の努力で解決するのは難しく、社会的な支援や社会政策が必要になります。

6.求められる社会政策

 求められる社会政策の一つは、ひとり親のワーク・ライフ・バランスをテーマに掲げて労働政策を検討することです。日本はOECD加盟国中、最低賃金が最低レベルなので、シングルマザーが十分な収入を得る構造に変えていくには、最低賃金を上げることが重要です。また、現行の公的な子育て支援は1カ月前申請や1週間前申請を必要としますが、もう少し柔軟性が高く、急なニーズにも対応できるような支援が望ましいと思います。さらに、家族のケアを支えられるような所得保障も必要で、特に児童扶養手当が重要です。子ども1人の場合は4万2000円、2人目の上げ幅は5000円、3人目は3000円とだんだん小さくなっていきますが、フランスでは2人目、3人目で上げ幅がさらに上がります。日本も第1子だけでなく、第2子、第3子も重視するような配分をする方が望ましいと思います。日本は他国と比べてGDP比の家族関連支出がもともと少なく、高齢者に対する支出に偏っていますから、様々な検討をしながら配分をもう少し子育て世代にシフトすることで財源を確保することが望まれます。

 シングルマザーは、仕事と家庭生活の葛藤を抱えがちです。家庭生活のニーズが高まれば仕事を抑えて子どもを見る流れになりますが、そうなると収入が減ってしまう可能性があります。合理的に判断していても収入が上がらないという状況を、個人の努力で打破するには限界があります。個人の努力で解決が難しいことに関与するのが社会福祉、社会政策ですから、ひとり親のワーク・ライフ・バランスに配慮した社会福祉、社会政策の充実が重要になると思います。

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 これから日本はさらに高齢化し、生産労働人口が減り、多くの人がケアに携わる社会になっていきます。高度成長期は若者が多く、ケアは女性にお願いすることで成り立っていましたが、それだけでは回らない状況が今後やってきます。だとすれば、男女でもう少し役割を柔軟にやりくりできる社会にしていかないと、女性も大変だし、男性もいろいろな準備が整わないまま介護等のケアにたずさわることになります。

 これからは、ケアをする機会が男女ともに増えていくということを前提にした仕事の在り方や日本社会の仕組みへと組み替えていかないと、結局苦しむのは私たち自身です。仕組みの変更を考える際に重要になってくるのがジェンダーの視点です。今後は男性もケアの世界に参与していくことがさらに求められてくると思います。

末盛 慶 社会福祉学部准教授

※この講演録は、学校法人日本福祉大学学園広報室が講演内容をもとに、要約、加筆・訂正のうえ、掲載しています。 このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。

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