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法を使うことが問題解決に役立つような問題群 -必要な「司法ソーシャルワーク」とは? 児童虐待28条事件

講演録
「法を使うことが問題解決に役立つような問題群-必要な「司法ソーシャルワーク」とは? 児童虐待28条事件」

講師:
湯原 悦子 社会福祉学部准教授
日時:
2012年6月18日(月)

※所属や肩書は講演当時のものです。

 司法による問題解決は、大きく二つに分けることができます。一つは、犯行・非行のように、法の関わりが不可欠な問題です。もう一つは、法的手続きを伴わない解決法もあるけれども、法を使うことが解決に有効に働くという問題です。本日は後者について、児童虐待と離婚後の面接交渉という二つの事例に基づき、「司法ソーシャルワーク」の観点から考えてみたいと思います。

知多半島の生態系ネットワーク形成

 昨今、児童虐待の相談件数は増加の一途をたどっています。事件で言えば、名古屋市で中学2年生の男の子が、母親の交際相手から暴行を受けて死亡した事件がありました。虐待死というと、普通はもう少し幼い子どもを想像されるのではないかと思いますが、この事件で犠牲になったのは中学2年生の男の子であり、社会に与えた衝撃は非常に大きいものがありました。また、大阪では24歳の母親が二人の子どもを残して家を出て、子どもたちが餓死するという事件が起こっていますし、ここ知多半島でも2000年に、3歳の女の子が段ボール箱の中で餓死するという事件が起きました。

 こうした悲惨な事件は、もはや皆さんの遠くにあるような問題ではありません。そこで今日は、子ども虐待の防止に有効に働く児童福祉法28条を取り上げたいと思います。児童福祉法28条とは、子どもが虐待などの危機的状態にある場合には、家庭裁判所の承認を得れば、親の意に反してでも子どもを保護することができると定めた法律です。将来、児童福祉司を目指す人、社会福祉士として児童分野に関わりたいと考えている人にとって、これは必須の知識です。

 まず、実際の事件を元に作成したケースを基に、児童虐待における解決策を考えてみましょう。

事例1:児童虐待からの保護

 父母はA君が生まれてすぐに離婚し、父が親権者となってA君を引き取った。しかし父親一人では養育できず、A君を両親(A君の祖父母)に預け、自分は東京に働きに出た。それ以来、A君はずっと祖父母の下で暮らす。母の所在は不明。

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 A君が小学校5年生になったとき、父はA君を東京に呼び寄せた。父はA君を私立の有名中学に入れようと熱心に教育し、A君は父に従って必死で受験勉強をしたが失敗し、地元の中学校に通うことになった。

 父はA君の将来のために、高校受験は失敗してはならないと考えた。A君が勉強をしていないと叱責し、テストの点が悪いと殴ったり蹴ったりすることが多くなった。A君は父に恐怖感を抱き、街をさまよって野宿したり、友達の家に泊まったりするようになった。心配した友達の母親が、児童相談所に通告。児童相談所はA君を児童養護施設に入所させたいと考え、A君の同意を得て父の説得を試みたが、父は耳を貸さず、A君を強引に家に連れ帰った。その後、父はA君に殴る蹴るの暴行を働いた。

 A君は「学校に行く」と言って警察に駆け込み、保護を求めた。「家には帰りたくない、施設に入りたい、かくまってほしい」と強く望み、その場から動かない。

事例1の法に基づく解決方法

 この場合の解決策としては、過去に学生から「警察でかくまい、父親を呼び出して強く説教する」「友達とそのお母さんに来てもらい、一緒に考える」「学校に連絡し、先生と一緒に考える」「警察で母親の住所を調べ、来てもらう」など、さまざまな意見が出ました。しかし、このまま家に帰らせるのはいけないという点は一致しているようです。

 先ほど言った児童福祉法第28条は、「子どもを虐待の現場である家に帰さず保護すること」ができる法的根拠の一つです。保護に関わる法律としては、以下のものがあります。

  1. 児童相談所長による一時保護(児童福祉法33条)
  2. 家庭裁判所の承認による施設入所、小さな子の場合の里親委託など(児童福祉法28条)
  3. 親権者の変更もしくは指定(民法819条)
  4. 親権の一時停止(民法834条の2)
  5. 親権喪失宣告(民法834条、児童福祉法33条の6)

 方法1は、児童相談所の判断だけででき、親の同意は必要ありません。ただし、2カ月を超えてはならない(延長は可)とされており、主に緊急を要する場合に適用されます。この事例では、方法2の児童福祉法28条を使ってA君を児童相談所に保護しました。しかし、この方法で保護をしなくても、今までずっと面倒を見てくれた祖父母に親権を移したり、行方不明のお母さんを探して親権を移したりしてA君の安全な生活場所を確保することもできます。一方、父親の代わりに親権を担ってくれる人がいない場合には、父親の親権の一時停止措置を取ることができます。これは今年(2012年)4月にできたばかりの制度です。A君の父親のように、暴力という誤った方法を使っているにしても、本人からすれば子を思っての行動である場合には、親権を取り上げることは裁判所としてもためらわれるところです。そこで、一時的に親権を停止する制度が設けられたのです。

児童相談所による親指導の問題点

 この問題の解決にあたり、まず考えなければならないのは、どのような状態になればA君が家に戻れるかということです。それにはもちろん、父親が変わらなければいけません。すると、「誰が、どのように父親にアプローチするのか」が重要になってきます。

 現在は、児童相談所が親を指導することになっています。しかし、この事例では幾つかの問題点があります。一つは、父親が児童相談所を「子どもを取り上げた」として良く思っておらず、両者が対立関係を引きずっていることです。二つ目は、指導を強制することはできないので、お父さんが暴力を振るわずに二人が生活できるようなプログラムを組んでも、お父さんがプログラムを受講する気にならなければ事態は何も変わりません。さらに、どのような状態なら措置を解除してよいのかを見極めるのが難しいという問題もあります。そして、親に対してどのようにアプローチすべきかという方法論も、確立しているわけではありません。

 改正児童福祉法では、家裁から児童相談所に対し、親指導を行うべきという勧告を文書で発行できるようになりました。これを児童相談所が親に見せ、「裁判所もこう言っていますよ」と諭すことができますが、効き目はほとんどありません。現場からは、家裁から本人に直接言ってほしいという声が上がっています。また、施設入所措置も無期限から2年ごとに見直しすることになりましたが、見直しのたびに裁判書類を用意しなければならないのは煩雑だとして、これも現場から反対の声が上がっています。

 そこで、厚生労働省は「虐待防止・厚労省指針案」の中で「児童虐待を行った保護者に対する援助ガイドライン」と「家庭復帰の適否を判断するためのチェックリスト」を作成し、家庭復帰の基準を明確化しています。施設に入所している児童の保護者は、児童福祉司の指導を受け、問題が改善すれば児童は家庭に戻れます。しかし、問題が改善しない、または指導を受けようとしない場合、援助を継続するか、ほかの措置を考えることになります。

 また、家庭復帰を検討する場合は「保護者に対する子の恐怖心がなく、安心・安定した自然な接触ができるか」「保護者が虐待の事実を認め、問題解決に取り組んでいるか」などのチェックリストを基に総合的に判断することになっています。さらに、再発のリスクが高まる退所後少なくとも半年は、児童福祉司が指導を続けることになっています。

離婚後の子への面接交渉

 次に、ドメスティックバイオレンスの事例について考えてみましょう。事例1は直接的な児童虐待のケースでしたが、子どもに恐怖心を与えるという意味では、配偶者間の暴力も児童虐待の一つと考えられています。

事例2:DV加害者である父親の、離婚後の子との面接

 夫Aは結婚後、何か気に入らないことがある度に、妻Bに身体的・心理的暴力を繰り返すようになった。そしてBの行動を監視し、BがAの知らない人と話したり、外出したりすることを禁止するようになった。ある日、AはBが大学の男の先輩からかかってきた電話にうれしそうに答えたと激昂し、Bに殴る蹴るの乱暴を働いた。Bは耐え切れずに子どもを連れて家を出、福祉事務所に駆け込み、その後、母子生活支援施設に入所した。

 AはBとの離婚を家庭裁判所に申し立てた。家庭裁判所の調停、審判を経てAとBの離婚は成立し、子の親権者はBに指定された。別居から4年後、Aは子どもとの月1回程度の定期的な面接を主張し、「子の監護に関する処分の調停」を申し立てた。

Aの主張 : Bに暴力をふるったことは悪いと思っているが、自分は父親だ。父親が自分の子どもに会いたいと思うのは自然ではないか。また、子どもにとっても、たとえ別居していたとしても父親から気にかけてもらっている、愛されていると実感できるのは幸せではないか。

Bの主張 : 子どもは今、自分のもとで心身ともに健康に成育している。Aから暴力を受けていたとき、子どもは泣き叫び、小さな音にもびくびくするなど不安定な様子だった。子どもは今も父親のことは一言も口にしないし、Aとの生活を思い出すだけで胸が苦しくなり、眠れなくなるので安定剤を飲んでいる状況である。

事例2に対する司法的解決

 調停とは、裁判官のほかに、一般市民から選ばれた調停委員二人以上が仲立ちをして当事者の言い分を聴き、必要があれば事実の調査も行い、法律的な評価を基に両者の歩み寄りを促し、当事者の合意によって実情に即した解決を図ることです。この夫婦は離婚調停中に子どもの親権について合意形成ができないまま母親が子どもを連れ帰り、その後、父親は子どもに会えなくなりました。そこで、父親があらためて子どもとの面会を申し立てたのです。さて、どうすればいいのでしょうか。

 このケースでは、家庭裁判所調査官の調査結果は「母は子を慈しみ、適切な世話を行い、十分な子育てをしている。(中略)父は暴力を振るったことを反省しているが、加害者としての自覚は乏しく、相手を対等な存在と認め、その立場を思いやる視点に欠ける」というもので、結局、父親の申し立ては却下されました。大半の調停では、このように子どもの監護に関する両親の考え方を聴きながら判断を進めます。

子どもの視点に立った判断の重要性

 しかし、この手続きの大きな問題点は、子どもの視点に立った判断が欠けがちになることです。今後、どの親と生活するかは子どもにとって大問題です。子どもに意思確認すればよいではないか、と考える人もいるかもしれませんが、実際、話はそれほど単純ではありません。両親が離婚するときに、二人のどちらと生活したいのか、面接交渉の際にお父さんに会いたいかどうかを子どもに聞くことは、社会福祉の立場から見て大変危険かつ残酷なことだと思います。

 子どもは自分を取り合う形での父母の対立に挟まれた場合に、見捨てられる不安や遠慮から、同居している親に本当の気持ちを表すことができません。 そのときに必要なのは、子どもが自分の気持ちを言語化するよう促すことではありません。子どもの立場に立って、その心情をくみ取ってください。自分がどちらかの親を選んだのだということになると、子が罪悪感に苛まれ、健全な心の発達を阻害する恐れがあるため、場合によっては「大人たちであなたの将来を考えて決めた」と言った方がいい場合もあるのです。

 従って、裁判では、「司法ソーシャルワーカー」が子どもの立場に立って判断をサポートすることが求められています。つまり、子どもが言えないことは無理に言葉にさせず、子どもが自分の思いをどのような形で表しているのかを慎重に考えた上で、子どもの視点から判断するということです。これには高い専門知識が求められます。一方、親御さんにとっても、別居している親に子がなつくのは面白くなく、それを自分への不信と受け取り、自己肯定感が乏しくなり、子どもに対して拒否的になる場合もあります。子どもへの配慮と同時に、親の自尊感情を継続的にサポートすることも必要です。

 両親が離婚した場合、日本では子はどちらかの親権の下に置かれますが、欧米で一般的な共同親権にすべきという意見もあります。しかし、日本では夫婦関係が完全に破綻した状態で離婚を決意することが多く、欧米のように離婚後も父母が親交を保つという土壌がありません。従って、別れた後も共同で子どもを育てることは難しいかもしれません。ただ、子どもへの負担が少ない解決策の一つとして、共同親権というものもあるということは知っておいてください。

 今日の話が、受講者の皆さんの視野を広げることにつながれば幸いです。

講師注釈

子どもの面会交流については民法のなかに初めて明文の根拠規定が置かれるという重要な改定がなされ、2012年4月1日から施行されている。 また、平成25年1月1日から施行される家事事件手続法(家事審判法の全面改正)には、子どもが影響を受ける事件においては、適切な方法により子の意思を把握するよう努め、この年齢および発達の程度に応じてその意思を考慮しなければならない等、子どもに関する重要な改正が含まれている。

湯原 悦子 社会福祉学部教授

※この講演録は、学校法人日本福祉大学学園広報室が講演内容をもとに、要約、加筆・訂正のうえ、掲載しています。 このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。

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