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貧困ビジネスと社会福祉の課題 ~無料低額宿泊所問題を中心に~

研究紹介
「貧困ビジネスと社会福祉の課題 ~無料低額宿泊所問題を中心に~」

山田 壮志郎 社会福祉学部准教授

※所属や肩書は発行当時のものです。

無料低額宿泊所とは?

 新聞やニュースで「貧困ビジネス」という言葉を聞いたことがある方も多いと思います。この言葉の生みの親である湯浅誠氏の定義によれば「貧困層をターゲットにしていて、かつ貧困からの脱却に資することなく、貧困を固定化するビジネス」のことを指します(※1)。具体的には、法外な金利を取る消費者金融・闇金融、敷金や礼金が無料な反面わずか一日でも家賃を滞納すると鍵を交換して入居者を追い出してしまうゼロゼロ物件、違法な派遣先に労働者を派遣する日雇派遣会社などがあります。とりわけ最近社会問題化しているのが、悪質な無料低額宿泊所です。

 無料低額宿泊所とは、社会福祉法第2条第3項第8号に規定する第2種社会福祉事業で「生計困難者のために、無料又は低額な料金で、簡易住宅を貸し付け、又は宿泊所その他の施設を利用させる事業」です。厚生労働省の発表によれば、2009年6月末時点で全国に439施設あり、総入所者数は14,089人に上ります(※2)。また、社会福祉事業としての届出を行わずに同様の事業を行っている施設も数多くあると言われています。

 これらの施設には、住居を失ったホームレスの人たちが多く入所しています。入所者の90%以上は生活保護受給者であり、生活保護費の中から家賃や食費、その他の経費を支払っています。悪質な施設の場合、不透明な名目で多額の経費が徴収され、本人の手元には月1~2万円程度しか残りません。また、食事はインスタントラーメンや粗悪米ばかりであったり、居住スペースも「個室」と言いながら6畳の部屋をベニヤ板で仕切り2人に使わせるなど、サービス水準が極めて劣悪な施設も少なくありません。こうした施設が「生活保護受給者を食い物にし、生活保護費をピンハネしている」として大きな社会問題になっています。昨年1月には、名古屋市をはじめ全国で21施設を運営する業界2位の大手事業者が、5億円もの所得隠しをしたとして名古屋国税局に脱税容疑で告発されるという事件もありました(※3)。

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山田壮志郎 社会福祉学部准教授

 社会福祉法上、悪質な事業者に対して行政が立ち入り調査をしたり事業停止命令をしたりするなどして取り締まることも可能です。しかし、立ち入り基準が不明確であるなどしてなかなか実施されていないのが現状です。そのため、民主党政権内には規制を強めるための新法を制定する動きもあります。もちろん、取り締まりの強化は必要なことですが、悪質な業者ほど規制のすり抜けに長けているという面もあります。したがって、この問題を解決していくためには、なぜ無料低額宿泊所がこれほど拡大してきたのかについて考える必要があります。

住居喪失リスクの高まり

 無料低額宿泊所が拡大する背景には、まず、住居を失い生活に困窮する人の数が増えていることがあります。リーマンショック後の2008年末、東京の日比谷公園に「年越し派遣村」が開設され、派遣切りに遭って社員寮を出された多くの派遣労働者が集まったことは記憶に新しいと思います。また、派遣村以前からも、公園などで野宿生活を余儀なくされるホームレスの人たちがいました。政府発表によれば全国のホームレス数は減少傾向にあります(※4)。たしかに、路上で暮らす「見える」ホームレスの数は減少していますが、住居を失いマンガ喫茶やインターネットカフェで寝泊まりする「ネットカフェ難民」や、無料低額宿泊所で生活する人たち いわば「見えない」ホームレスは増加傾向にあると言われています。実際、名古屋市では、無料低額宿泊所入所者数が路上のホームレス数を上回りました。つまり、路上のホームレス数は減少傾向にあるとはいえ、生活困窮者が住居を失うリスクが解消されたわけではありません。

出典

(※1) 湯浅誠「貧困ビジネスとは何か」『世界』2008年10月号。
(※2) 厚生労働省「社会福祉法第2条第3項に規定する無料低額宿泊事業を行う施設の状況に関する調査の結果について」2009年10月20日。
(※3) 「貧困ビジネス告発--脱税容疑で国税当局」『朝日新聞』2010年1月14日。
(※4) 2003年の25,296人から2010年の13,124人へ、7年間で半分近く減少(厚生労働省「ホームレスの実態に関する全国調査(概数調査)結果」2010年3月26日)。

福祉事務所にとっての誘因

 無料低額宿泊所が拡大するもう一つの背景としては、全国的に生活保護受給者が激増する中、福祉事務所にとって、こうした施設が「便利」な存在になってしまっていることがあります。ここでは2点だけ指摘します。

 1つは、ケースワーカーの業務負担の軽減につながることです。被保護者の数が激増する一方で、被保護者の支援にあたるケースワーカーの数はなかなか増えていません。法律上、一人のケースワーカーが担当する被保護世帯の標準数は都市部では80世帯ですが、これが守られているところは少なく、一人で200世帯近く担当している例もあります。あまり良い表現ではありませんが、被保護者を無料低額宿泊所に「丸投げ」することで、業務負担の軽減につながるという面があります。

 もう1つは、財政負担の軽減につながることです。政令市・中核市を除く市の場合、生活保護費は4分の3を国が負担し、残りの4分の1を市が負担するのが原則です。しかし、地域によっては、無料低額宿泊所入所者の場合は、「住所不定者」と同様に都道府県が4分の1を負担するという例があります。この場合、一般住宅で保護を適用するよりも、無料低額宿泊所に入所させた方が市の財政的な負担が軽減されることになります。そもそも、国家責任によってナショナル・ミニマムを保障する生活保護制度にかかる費用は、本来は全額国が負担するべきではないかと思います。

 以上のことから、福祉事務所がホームレスに生活保護を適用するにあたり、一般住宅よりも無料低額宿泊所を利用する方が、メリットが大きくなってしまっています。国がホームレスに対する生活保護の適用状況を自治体に報告させた調査の個票を私が分析したところ、無料低額宿泊所での保護適用実績のある自治体では、ホームレスへの生活保護開始件数のうち62%が無料低額宿泊所での保護であり、福祉事務所がホームレスに生活保護を適用するにあたって宿泊所に依存している現状が推測されました(※5)。また、宿泊所への依存度の高い自治体ほど「失踪」を理由とした保護廃止の割合が高く、入所後の十分なフォローが行えていない状況もうかがえました。

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(※5)拙著 『ホームレス支援における就労と福祉』第5章 明石書店、2009年。

問題解決のために必要なこと

 以上のように、無料低額宿泊所が増えるのは、それが必要とされてしまう構造があるからに他なりません。住居を失う人が増え、福祉事務所にとっても「便利」な存在になっていることから、事業者にとって顧客確保は容易です。一方で、規制が甘く不透明な名目での費用徴収も可能であることから、支出を大幅に切り詰めることもできます。安定的な収入が確保でき、支出も少なくてすむ結果、ビジネスとしてのうまみが大きくなることが、宿泊所を増やしてきたと言えるでしょう。

 先の湯浅氏は、「『貧困ビジネス』は、公共部門からの行政の撤退、あるいはもともとの不在を、その糧として成長する」と述べています(※6)。無料低額宿泊所問題にも全く同じことが言えます。つまり、悪質な宿泊所は、行政の不十分な対応によって儲けが大きくなることを背景に成長してきました。したがって問題解決のためには、公営住宅や一般住宅を積極的に活用し、宿泊所のビジネスとしてのうまみが無い構造を作ることで、悪質業者の撤退を促すことが必要です。そのためには、ケースワーカーの数を増やして十分な支援ができる体制を作ること、また、生活保護費の国庫負担割合を増やして自治体の財政負担を軽減することが必要でしょう。

出典

(※6) 湯浅誠「貧困ビジネスとは何か」『世界』2008年10月号。

山田 壮志郎 社会福祉学部准教授

※2011年3月17日発行 日本福祉大学同窓会会報106号より転載

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